第八十二話:神々の遺産
旧神の大工房に、静寂が戻った。
俺は、腕の中で眠るリリアの呼吸が穏やかなのを確認すると、安堵のため息をついた。彼女は、ただ魔力を使い果たしただけだ。命に別状はない。
「……さて、と」
バルガンは、倒れたままのヘファイストスを睨みつけると、工房の隅にあった金属の残骸をいくつか拾い上げた。そして、まるで粘土をこねるかのように、その場で、ドワーフの国に伝わる、いかなる力でも破壊不可能な特殊な枷を即席で作り上げ、ヘファイストスを厳重に拘束した。
「こいつには、故郷の法で裁きを受けさせる。俺たちの手で、必ず連れて帰るぞ」
その言葉には、この長い追跡の旅を、ようやく終えられるという、安堵が滲んでいた。
問題は、この工房をどうするかだった。このまま放置すれば、第二、第三のヘファイストスが現れないとも限らない。
その時、俺たちの背後から、ゴゴゴ……と、岩が動く音がした。
振り返ると、そこに、あの聖地の番人が、静かに立っていた。
『……見事であった、小さき者たちよ』
その声には、もはや敵意はない。
『汝らの『意志』は、『創造主』の歪んだ野望に勝利した。証明は、為された』
番人は、俺たち三人を、そのルーンの瞳で見渡し、そして、厳かに告げた。
『この場所は、再び眠りにつく。新たなる『資格者』が現れるまで、幾千年の眠りに。汝らが持ち去る知識と、その捕らえたる罪人を除いて、全ては再び封印される』
そして、番人は、俺たちに、最後の贈り物を与えてくれた。
それは、金銀財宝や、伝説の武具ではなかった。
番人の巨大な岩の指先が、バルガンの額に、そっと触れる。
「なっ……! これは……旧神の、鍛冶の記憶……!?」
バルガンの脳内に、神々の時代の、失われた鍛冶技術の知識が、直接流れ込んでいく。
次に、リリアの額に。
「……すごい……これが、本当の『付与』……世界の理に、直接干渉する魔法……」
リリアには、万物に魂を宿す、古代の付与魔法の真髄が。
そして、最後に、俺の額に。
俺が感じたのは、知識や技術ではなかった。ただ、どこまでも温かく、そして、どこまでも広大な、一つの『感覚』。
【アイテムボックス】というスキルの、本当の意味。それは、ただの収納や射出ではない。仲間たちの力を『受け取り』、その想いを世界に『届ける』ための、繋ぎ手としての、役割。
『行け。そして、その力を、正しく使え』
それが、番人が俺たちに告げた、最後の言葉だった。
番人たちの体は、ゆっくりと元の岩へと戻り、せり上がっていた岩の橋も、静かにクレバスの底へと沈んでいく。工房の入り口は、完全に閉ざされた。
代わりに、俺たちの後ろに、地上へと続く、穏やかな光に満ちた一本道が、現れていた。
俺たちは、拘束したヘファイストスを工房馬車に乗せ、その光の道を通って、地上へと帰還した。
竜の牙山脈を抜けた俺たちの目の前には、どこまでも広がる、緑豊かな大地と、暖かい太陽の光が広がっていた。
長く、厳しい冬が終わったのだ。
俺は、目を覚まして、穏やかに微笑むリリアと、何か新しい創造の衝動に、目を輝かせているバルガンを見る。
俺たちの、最も過酷で、最も大きな冒険が終わった。
俺たちは、英雄としてではなく、ただの三人の仲間として、故郷である王都への道を、ゆっくりと進み始めた。




