第八十一話:我らが神の名は
神の鉄槌が、振り下ろされる。
俺たちの、最後の弾丸の準備が、始まる。
二つの、絶対的な破壊の意志が、神の工房で火花を散らした。
「リリアの準備ができるまで、時間を稼ぐぞ!」
「おうよ!」
俺とバルガンは、リリアを背にかばい、アルケウスの前に立ちはだかった。
バルガンが、その巨大なハンマーでアルケウスの薙ぎ払いをいなし、俺はアイテムボックスからありったけの鉄屑を射出して、その視界を塞ぐ。
だが、神の如きゴーレムの猛攻は、凄まじかった。バルガンのハンマーには亀裂が走り、俺の牽制も、もはや時間稼ぎにしかならない。
「――まだです……! あと、もう少し……!」
背後で、リリアが歯を食いしばりながら、全魔力を練り上げている。
俺のアイテムボックスの中、ただ一本の『器の杭』に、彼女の生命そのものが注ぎ込まれていく。俺の意識の中でも、その杭が、制御不能なほどの黄金色の光を放ち、今にも暴発しそうなほどに脈打っているのが分かった。
「終わりだ、虫けらども!」
ヘファイストスが叫ぶ。
アルケウスの巨体が、俺とバルガンの防御を弾き飛ばし、そのエネルギーの刃が、リリアのいる俺たちの背後へと迫る。
万事休す――
「――今ですッ!!」
リリアの、叫び声が響いた。
最後の弾丸は、完成した。
俺は、振り向きざまに、その全てを解放する。
仲間たちの想い、俺たちの怒り、そして、リリアが注ぎ込んだ、暴走寸前の魔力の奔流。
その全てを乗せた『過負荷の杭』が、アルケウスの胸元へと、正確に撃ち込まれた。
着弾の瞬間、杭は、その役目を終えたかのように砕け散る。
だが、その内部に詰め込まれていた、リリアの黄金の魔力が、アルケウスの体内で炸裂した。
「グ……ギ……ガガガッ!?」
アルケウスの体が、激しく痙攣する。
破壊の魔法ではない。その体を制御するエネルギーの流れそのものに、異物であるリリアの魔力が強制的に介入し、システム全体を暴走させていく。
過負荷。
そして、暴走したエネルギーは、出口を求めて、それを制御していたヘファイストス自身へと、逆流を始めた。
「―――ぐわああああああああっ!!!」
ヘファイストスの絶叫と共に、水晶の操作盤が、木っ端微塵に砕け散る。
主を失い、動力源との繋がりを断たれたアルケウスは、もはやその神の如き姿を維持することはできなかった。
その虹色の体は、まるで溶けるように、輝きを失ったただの液体金属の泡となって、床に広がった。
静寂。
全てが終わった。
「……リリア!」
俺の腕の中で、リリアが、糸が切れたように意識を失っていた。全身の魔力を使い果たしたのだ。だが、その寝顔は、不思議なほどに、安らかだった。
俺も、立っているのがやっとだった。バルガンが、そんな俺とリリアを、その屈強な体で支えてくれる。
俺たちは、ゆっくりと、操作盤の残骸の下で倒れている、ヘファイストスへと歩み寄った。
彼は、まだかろうじて息があった。
「……なぜだ……。我が神は、完璧だったはずだ……。我が創造物は……」
その、うわ言のような呟きに、バルガンが、静かに、しかし、万感の想いを込めて答えた。
「……てめえは、神を造ったつもりだったかもしれねえ。だがな、ヘファイストス」
バルガンは、俺と、俺の腕の中で眠るリリアを、誇らしげに見やる。
「そいつは、ただの中身のねえ、空っぽの人形だ」
「俺たちの神の名は―――『仲間』だ」
その言葉が、聞こえたのか、どうか。
ヘファイストスは、静かに目を閉じ、完全に意識を失った。
旧神の大工房に、朝日が差し込むかのような、穏やかな光が満ちていく。
俺たちの、長く、そして、あまりにも大きな戦いが、ついに、幕を下ろした。




