第七十六話:試練
絶対的な死が、目前に迫っていた。
俺は、全身の痛みに呻きながらも、迫りくる巨人の足を見据え、静かに、敗北を受け入れた。
リリアとバルガンも、雪の上に倒れたまま、動く気配はない。
ここまでか――
そう、俺が目を閉じようとした、その瞬間。
俺の顔面に叩きつけられるはずだった岩の足が、ぴたり、と寸前で静止した。
『…………』
番人は、何も言わない。
ただ、そのルーン文字が刻まれたモノアイで、俺の瞳の奥を、じっと覗き込んでいるかのようだった。
やがて、重々しい声が、再び響き渡る。
『……弱き者たちよ。だが、その瞳には、まだ光が宿っている』
その声には、先ほどまでの無慈悲な響きはなかった。
番人は、ゆっくりと足を下ろすと、俺たちを見下ろしたまま、言葉を続けた。
『汝らの力、聖地を守るには、あまりに足りぬ。汝らの覚悟、聖地に挑むには、あまりに脆い』
それは、嘲りではなかった。
ただ、絶対的な上位者からの、冷徹な事実の宣告。
『我らの使命は、力なき者、覚悟なき者を、聖地の深淵から遠ざけること。先の攻撃は、汝らの『器』を測るための、試練であった』
試練……?
俺たちが、一方的に蹂躙されただけの戦いが、試練だったと?
『そうだ。そして汝らは、その試練に敗れた』
番人の言葉は、俺たちに反論の余地を与えない。
『だが、汝らが追う『同胞』は、我らの試練を越えた』
その言葉に、バルガンが、呻きながら顔を上げた。
「……何だと……?」
『彼は、己が『創造主』たる資格を、その技と、歪んだ覚悟で証明した。彼は今、大工房の炉心へと向かっている。旧神の力を、その手に収めるためにな』
裏切り者は、この絶対的な番人を、突破したというのか。
絶望的な事実が、俺たちに叩きつけられる。
だが、番人の言葉は、まだ終わらなかった。
『しかし、汝らの瞳の光……それもまた、一つの『資格』やもしれぬ。―――ならば、最後の機会を与えよう』
番人は、俺たち三人を、一人ずつ指し示した。
『汝、矮小なる創造主よ』と、バルガンに。
『旧神の御前で、汝の『魂の一作』を示せ』
『汝、大いなる力の担い手よ』と、リリアに。
『その力が『祝福』であることを、その心で示せ』
そして、最後に、俺に。
『汝、ただの器よ。汝が、その力を振るうに値する『意志』を、示せ』
それは、力と力でぶつかり合う、戦いではなかった。
俺たち自身の、存在そのものの価値を問う、あまりにも根源的で、そして、あまりにも厳しい、最後の試練。
俺たちは、満身創痍の体で、雪の上に倒れたまま、ただ、その荘厳な問いかけの前に、ひれ伏すしかなかった。
俺たちの、本当の戦いが、今、始まる。




