第七十五話:聖地の番人
『―――引き返せ』
岩の巨人が発した言葉は、それ自体が物理的な圧力となって、俺たちの体を震わせた。
目の前に立ちはだかる、古代のルーン文字が刻まれたゴーレム。それが一体。そして、その後方には、同じ形状の機体が、まるで軍隊のように、ずらりと並んでいる。
彼らこそが、旧神が遺した禁断の聖地を守る、伝説の『番人』。
俺たちの背後は、深いクレバス。
そして目の前には、突破不可能な岩の軍勢。
完全に、袋の鼠だった。
「……どうする、アルク」
バルガンが、戦闘用のハンマーを握りしめ、低い声で問う。
「……話が、通じる相手には見えませんね」
リリアもまた、杖を構えながら、絶望的な戦力差を冷静に分析していた。
俺は、アイテムボックスに意識を集中させながら、正面に立つリーダー格の番人を見据えた。
その体は、ただの岩ではない。極めて高密度な、魔力を帯びた鉱石の塊だ。並の『ブレイカー・ボルト』では、傷一つ付けられないだろう。
だが、ここで引き下がるわけにはいかない。
「――俺たちは、侵入者じゃない。ここを荒らしに来たわけでもない」
俺は、意を決して、声を張り上げた。
「俺たちが追っているのは、この聖地の力を悪用しようとしている、ドワーフの裏切り者だ! そいつを、止めに来た!」
俺の言葉に、番人は、わずかに反応を示したように見えた。
その青白いルーン文字が、一瞬だけ、強く明滅する。
『……ドワーフ。その名、我らの記憶にもある。かつて、我らが創造主に仕えし、小さき者たち』
「そうだ! 俺の同胞が、この地の禁忌を破ろうとしている! あんたたちも、それを望んじゃいないだろう!」
バルガンが、必死に叫ぶ。
だが、番人の答えは、非情だった。
『我らの使命は、全ての侵入者の排除。理由の如何を問わず』
『聖地は、汝らのごとき、矮小なる者たちが足を踏み入れて良い場所ではない』
その言葉と共に、リーダー格の番人が、その巨大な岩の腕を、ゆっくりと振り上げた。
交渉は、決裂。
もはや、戦う以外の道は残されていなかった。
「――やるぞ!」
俺の叫びを合図に、俺たちは一斉に動いた。
リリアが、俺の『ブレイカー・ボルト』に、これまでで最大級の『振動付与』の魔法を込める。
俺は、それを、振り下ろされる巨人の腕の、関節部と思わしき一点に、全霊で射出した。
ズゥンッ!
放たれた一撃は、正確に関節部に命中。だが――
キィィィンッ!という甲高い音を立てて、ボルトは、装甲に弾かれた。
わずかに、表面を削り取っただけ。鋼鉄ゴーレムを砕いた、俺たちの必殺の一撃が、全く通用しない。
「馬鹿な……!」
俺が愕然とする、その一瞬の隙。
番人の、岩でできた巨大な拳が、俺たち三人を、まとめて薙ぎ払った。
「ぐっ……!?」
「きゃあッ!」
「がはっ……!」
俺たちは、まるで木の葉のように吹き飛ばされ、雪の上に叩きつけられる。
全身を、骨が砕けるかのような衝撃が襲った。意識が、遠のいていく。
これが、聖地の番人の力。
俺たちがこれまで戦ってきた、どんな敵とも、次元が違う。
これが、旧神の技術の、オリジナル。
俺は、薄れゆく意識の中で、ゆっくりとこちらに近づいてくる、巨大な岩の足を見上げていた。
もはや、指一本動かせない。
俺たちの旅は、ここで、終わるのか――




