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第七十四話:空の捕食者

洞窟の中から、俺たちは息を殺して外の光景を見守っていた。

緑色に染まった空から降り注ぐ、半透明の浮遊生物――空喰らい(エーテルファージ)。

そいつらは、騎士団の野営地跡に静かに舞い降りると、残された鎧や剣、そして俺たちが見つけることのできなかったであろう、雪に埋もれた亡骸に、その触手を伸ばしていく。


シュワァァァ……


まるで、強酸に金属が触れたかのような、嫌な音が響き渡る。

騎士たちが身につけていたであろう、鍛え上げられた鋼の鎧が、アメーバのような触手に触れた瞬間、泡を立てて、あっという間に溶解していく。

それは、生物も、無機物も、お構いなしに、全てを喰らい尽くす、異次元の捕食者だった。


「……なんて、代物だ……」


バルガンが、ゴクリと喉を鳴らす。彼の表情には、職人としての、自らの作り出した金属への絶対的な自信が、根底から覆されたかのような、驚愕が浮かんでいた。


「魔力の質が、わたしたちが知るどの魔物とも違います……。まるで、この世界の理の外から来た、別の法則で動いているみたいです……」

リリアもまた、その異質な存在に、魔術師としての本能的な恐怖を感じ取っていた。


俺たちは戦うことすらできず、ただ、その一方的な捕食の光景が終わるのを待つしかなかった。

数時間が、永遠のように感じられた。


やがて、空の緑光がゆっくりと薄れ、元の鉛色へと戻っていく。

すると、空喰らいたちは、まるで役目を終えたかのように、音もなく天へと昇り、希薄な空気の中に溶けるようにして、一匹残らず姿を消した。


後に残されたのは、完全な『無』だった。

鎧も、剣も、骨の一片すら残っていない。そこに、数時間前まで、王国の騎士団が存在していたという痕跡は、綺麗に、完璧に、消し去られていた。


「……ギルドマスターの忠告は、こういう意味だったのか」


空の色が変わる時、この地は、俺たちの世界と、奴らの世界が、一時的に交差する。

俺たちは、敵の世界のルールの中で、旅を続けなければならないのだ。

移動できるのは、空が鉛色をしている間だけ。緑色に変わり始めたら、即座に身を隠す。


俺たちは、その新たな鉄則を胸に刻み、再び慎重に歩みを進めた。

空の色に怯えながら、何度も洞窟に身を隠し、少しずつ、しかし確実に、竜の牙山脈の奥深くへと進んでいく。


そして、旅を再開して二日後。

俺たちは、巨大なクレバスの前に、行く手を阻まれた。

幅は百メートル以上。対岸は見えているが、迂回するには何日かかるか分からない。


「……どうする、アルク」

バルガンが、深い谷底を覗き込みながら言った。


その時だった。

俺たちの目の前の空間が、まるで陽炎のように、ぐにゃりと歪んだ。

そして、何もないはずの場所から、一体、また一体と、巨大な影が姿を現す。


それは、ゴーレムだった。

だが、ヴァルクール子爵が使っていた、黒い鋼鉄の機体とは、全く違う。

山脈の岩そのものから削り出されたような、無骨な体。その表面には、青白い光を放つ、古代のルーン文字が、無数に刻まれている。

彼らは、旧神が作り出し、今もなおこの地を守り続けるという、伝説の『番人』。


そのうちの一体が、俺たちの前に進み出た。

その口元らしき場所から、岩と岩が擦れ合うような、重く、荘厳な声が響き渡る。


『―――何者だ、侵入者よ』

『聖地は、閉ざされた。引き返せ。さもなくば、塵と化すだろう』


それは、疑う余地のない、最後通告だった。

俺たちは、空の脅威を乗り越えた先で、大地の化身とも言うべき、絶対的な守護者と、対峙していた。

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