表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

73/109

第七十三話:竜の牙山脈

「――騎士団が、全滅……?」


ギルドマスターの言葉に、リリアが息を呑んだ。

王都の精鋭である騎士団ですら、歯が立たない。禁断の聖地を守る『番人』とは、一体どれほどの強敵なのか。


辺境の砦のギルドマスターは、俺たちの決意が揺るがないことを見て取ると、それ以上は何も言わず、ただ一枚の、より詳細な地図と、いくつかの忠告を授けてくれた。

「『竜の牙山脈』に入ったら、決して夜に移動するな。空の色が変わったら、必ず洞窟か岩陰に隠れろ。――さもないと、空に食われるぞ」


不気味な忠告を胸に、俺たちは砦で最後の補給を済ませた。

バルガンは、工房馬車の最終メンテナンスを行い、リリアは、砦の小さな図書館で、この地方に伝わる古い伝承や、聖地に関する僅かな記述を探し出してくれた。俺は、携帯用の食料と、そして、これからの戦いに備えて、考えうる限りの種類の『弾丸』をアイテムボックスに詰め込んだ。


数日後、俺たちは、砦の人々の不安と、そしてかすかな期待の入り混じった目に見送られ、再び極寒の荒野へと出発した。


旅は、これまで以上に過酷を極めた。

巨大な氷の迷宮を抜け、底が見えないクレバス地帯を渡り、俺たちはついに、世界の果てとも言える場所にたどり着いた。

竜の牙山脈。

その名の通り、天を突くように鋭く尖った、黒い岩山が、まるで巨大な竜の顎のように連なっている。その威容は、見る者を拒絶するような、圧倒的な威圧感を放っていた。


「ここが……」


俺たちが山脈の麓に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。

風が止み、音が消え、まるで世界から切り離されたかのような、不気味な静寂が支配している。


そして、俺たちはすぐに見つけた。

騎士団が残した、野営の跡。雪の上に残る、戦闘の痕跡。そして、無残に砕け散った、騎士たちの鎧の残骸。

だが、遺体は一つもなかった。まるで、綺麗に掃除でもされたかのように。


「……何か、おかしい」


バルガンが、周囲を鋭く警戒しながら呟く。

戦闘の痕跡はあるのに、敵の姿も、そして犠牲者の亡骸もない。


その時だった。

リリアが、はっと空を見上げた。


「アルクさん! バルガンさん! 空が……!」


俺たちも、つられて空を見上げる。

それまで鉛色だった空が、まるでオーロラのように、淡い緑色に、ゆっくりと染まり始めていた。

ギルドマスターの忠告が、脳裏をよぎる。


――空の色が変わったら、必ず隠れろ。


「まずい! 近くの洞窟へ急げ!」


俺たちは、近くにあった岩場の洞窟へと、全速力で駆け込んだ。

そして、洞窟の入り口から、息を殺して外の様子を窺う。


やがて、緑色に染まった空から、何かが、無数に、降りてきた。

それは、鳥ではない。

半透明の、クラゲのような体を持つ、巨大な浮遊生物。

その体は、空の色と同じ、淡い緑色の光を放っている。


そいつらは、音もなく地上に降り立つと、騎士団の鎧の残骸に、その触手を伸ばし始めた。

金属の鎧が、触手に触れた瞬間、まるで砂糖菓子のように、シュワシュワと音を立てて溶けていく。


「……あれが、『空に食われる』の正体か」


俺は、背筋が凍るのを感じていた。

あれは、生物と無機物の区別なく、全てを溶かし尽くす、空飛ぶ捕食者。

そして、その一体の腹部が、半透明であるためによく見えた。

その中には、消化されかかった、人間の――騎士の姿が、確かにあった。


俺たちがこれから進む道は、そんな化け物が支配する、死の空の下だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ