第七十一話:凍てつく荒野
王都の喧騒を背に、俺たちの工房馬車『ブレイカー・ベース』が北へ向かって走り始めてから、一週間が過ぎた。
豊かな緑に覆われていた大地は、次第に色を失い、岩と枯れ木ばかりの荒涼とした景色へと変わっていく。そして、目の前にそびえ立つ巨大な山脈を越えた瞬間、俺たちは、世界から完全に色が失われたかのような、広大な白銀の世界へと足を踏み入れた。
「――ここが、『凍てつく荒野』……」
リリアが、窓の外の景色に息を呑む。
見渡す限りの雪原と、天を突く氷の山々。ゴウゴウと吹き荒れる風は、刃のように鋭く、肌を切り裂くような極低温の空気を運んでくる。
「バルガン、頼む!」
「おうよ!」
俺の合図に、バルガンが運転席でレバーを操作する。馬車の車輪から、金属の爪がいくつも飛び出し、滑りやすい氷の地面をガッチリと掴んだ。車内に施されたリリアの『保温の祝福』がなければ、俺たちは一時間と経たずに凍え死んでいただろう。
俺たちの技術と魔法を結集したこの移動要塞だけが、この死の大地を進むことを許されていた。
だが、この地の本当の脅威は、寒さだけではなかった。
「――来るぞ!」
バルガンの警告と同時に、猛烈な吹雪が、俺たちの視界を完全に奪った。
ホワイトアウト。一寸先も見えない白の世界で、馬車が大きく揺れる。
何かが、馬車の側面に強烈な勢いでぶつかってきたのだ。
「アルクさん!」
「分かってる!」
俺は、馬車の側面に設けられた射撃用の窓を開け、外を睨みつける。だが、猛吹雪のせいで、敵の姿は全く見えない。
「リリア、頼む!」
「はい! ――見えます! アルクさん、右前方、三時の方角に二体! 左後方、七時の方向に一体!」
リリアが、目を閉じて精神を集中させている。彼女には、吹雪の向こうの、敵が放つ生命の気配が、正確に見えているのだ。
俺は、リリアの言葉だけを頼りに、アイテムボックスから連射用の『ブレイカー・ニードル』を射出する。
ズバババッ!
俺が放った数本のニードルが、吹雪の中へと消えていく。
直後、キャン!という、甲高い悲鳴が聞こえた。
「一体、命中! ですが、残りが回り込んできます!」
俺は、リリアという『目』を完全に信頼し、彼女が告げる座標へと、ただひたすらに弾丸を撃ち込み続けた。
バルガンは、雄叫びを上げながら馬車を巧みに操り、側面から飛びかかってくる敵を、強化された車体で弾き飛ばす。
やがて、吹雪が少しだけ弱まった時、俺たちはようやく敵の正体を視認した。
それは、全身が氷の結晶のような、美しい毛皮で覆われた狼――氷晶狼の群れだった。彼らは、吹雪に紛れて獲物を狩る、この荒野の支配者なのだ。
だが、俺たちの完璧な連携の前では、そのステルス能力も意味をなさない。
数分後、生き残った氷晶狼たちは、恐れをなして吹雪の奥へと姿を消していった。
嵐が過ぎ去り、再び静寂が訪れた白銀の世界。
俺たちは、この地の洗礼を、見事に乗り越えた。
だが、同時に理解していた。これは、始まりに過ぎない。禁断の聖地へと続く道は、これまでの冒険とは比較にならないほど、過酷で、危険なものになるだろうと。




