第七十話:禁断の聖地
「――禁断の、聖地……?」
リリアの問いに、バルガンは重々しく頷いた。
工房馬車が、北へと続く街道をゴトゴトと進む。窓の外の景色は、次第に緑が減り、荒涼としたものへと変わっていっていた。
バルガンは、かつて師から聞かされたという、ドワーフの国に伝わる古い伝説を、静かに語り始めた。
「俺たちドワーフが、今の鍛冶の技術を手に入れる、遥か昔。世界には、俺たちの祖先よりも、もっと高度な文明を持つ『旧神』と呼ばれる者たちがいたそうだ」
「旧神……」
「ああ。そいつらは、山を削り、大地を穿ち、星の核から金属を取り出して、神々の武具を作っていたという。その中心地こそが、『旧神の大工房』。あらゆる創造の始まりの場所であり、そして、俺たちドワーフにとっては、決して足を踏み入れてはならない、禁断の聖地とされている」
禁足地とされている理由は、二つあるという。
一つは、そこに眠る旧神の技術が、あまりにも強大すぎるため。人の身には余るその力は、手にした者を必ず破滅へと導くと、ドワーフの法典には記されている。
そして、もう一つは。
「その大工房は、今も『生きている』からだ」
「生きている、ですか?」
「ああ。旧神が姿を消した後も、工房は自律して動き続け、侵入者を排除するための、最強の『番人』を、今もなお作り出し続けている、と伝えられている。だから、誰も近づくことはできん」
最強の番人。
その言葉に、俺の脳裏に、あの鋼鉄ゴーレムの姿が浮かんだ。
「……まさか」
俺の呟きに、バルガンが厳しい顔で頷く。
「そのまさかだ、アルク。俺たちがこれまで戦ってきたゴーレム……そのオリジナルが、おそらく、そこにいる。裏切り者の野郎が作っていたのは、その聖地に眠る、旧神の技術の『模倣品』に過ぎん」
全ての謎が、氷解した。
裏切り者のドワーフが、騎士団の追跡を振り切ってまで、禁断の地を目指した理由。
彼は、ヴァルクール子爵というパトロンを失い、自らの手で、最強のゴーレム軍団を作り出そうとしているのだ。旧神の技術が眠る、その聖地で。
「奴を止めなければ、王都での一件が、子供の遊びに思えるほどの、とんでもない災厄が生まれることになる」
バルガンの言葉には、これまでにないほどの危機感が満ちていた。
俺たちが追っているのは、もはやただの裏切り者ではない。世界そのものを揺るがしかねない、禁断の力を解放しようとしている、狂気の求道者なのだ。
馬車の外の空気が、さらに冷たくなってきたのが分かった。
遠くの地平線に、白い雪を頂いた、巨大な山脈が見え始める。
その向こうに、俺たちの目的地、『凍てつく荒野』が広がっている。
俺たちの旅は、もはや過去を清算するためのものではなかった。
世界の未来を賭けた、壮大な戦いの始まりだった。
俺は、工房馬車の舵を握る手に、強く、強く力を込めた。




