第六十五話:宣戦の煙幕
開始のゴングが鳴り響くと同時に、敵は動いた。
「――顕現せよ、三重なる守護の聖域!」
結界専門の魔術師が杖を掲げると、彼ら三人の周囲に、青、緑、黄色の三層からなる、光り輝く魔法障壁が出現した。いかなる物理攻撃も、魔法攻撃も、完璧に防ぎきるという、学園最強の防御魔法だ。
学部長と元素魔法の魔術師は、その絶対的な安全圏の中から、俺たちを仕留めるための、大規模な魔法の詠唱を開始する。
全てが、彼らの、そして観客たちの予想通りの展開だっただろう。
この鉄壁の防御を前に、俺たちがなすすべもなく、やがて放たれるであろう必殺の魔法に焼き尽くされる。その光景を、誰もが思い描いていたはずだ。
だが、俺がアイテムボックスから選んだ『弾丸』は、彼らの予想を、根底から覆した。
俺が放ったのは、必殺の『ブレイカー・ボルト』ではない。
着弾と同時に炸裂し、中身を撒き散らすことに特化した、バルガン特製の『煙幕弾』。
放たれた弾丸は、結界の手前で、パンッ!と軽い音を立てて弾けた。
次の瞬間、闘技場の中央は、何も見通せない、漆黒の煙に、完全に覆い尽くされた。
「なっ……!?」
「視界が……!」
学部長たちの、狼狽する声が煙の向こうから聞こえる。
観客席も「何が起きたんだ?」「ただの煙幕か?」と騒然となっていた。
だが、これはただの煙幕ではない。
「魔力の流れが……おかしい! 魔法が、うまく練れない……!」
元素魔法の魔術師の、悲鳴のような声。
煙幕には、リリアが『渇望の呪い』を付与した、魔力吸収の金属粉が大量に混ぜられている。それは、周囲の魔力を乱し、大規模な魔法の構築を著しく阻害する、対魔術師用の特殊兵器だった。
敵の詠唱が、完全に止まる。視界も、魔法も封じられた。
俺たちの、最初の策は、完璧に成功した。
「リリア!」
「はい!」
俺の合図に、リリアが俺の背中にそっと手を触れる。
彼女の全神経が、俺のアイテムボックス内の一点――魔祓い石で作られた『結界破り(バリアブレイカー)』へと注がれる。
「――砕け散れ! 『解呪の祝福』!」
俺は、煙幕で何も見えない敵陣の、記憶だけを頼りに、その中心へと狙いを定める。
そして、対結界用の特殊弾を、射出した。
黒い煙の中へと、音もなく吸い込まれていく一筋の光。
直後。
**パリンッッッ!!!**
煙幕の向こう側から、まるで巨大なガラスが砕け散るかのような、甲高い、澄んだ破壊音が、闘技場全体に響き渡った。
学園が誇る絶対防御が、破壊された音だった。
観客席の誰もが、何が起きているのか理解できずに、ただ固唾をのむ。
だが、俺たちには、煙の向こうの光景が、手に取るように分かっていた。
視界を奪われ、魔法を乱され、そして、最後の盾まで失った、無防備な三人の魔術師たちの姿が。
最後の仕上げの、時間だった。




