第六十話:ブレイカーズの決意
学部長が去った後も、工房には重い沈黙が流れていた。
リリアは、その場にうずくまったまま、か細い肩を震わせている。無理もない。ようやく手に入れた安らぎを、そして、ようやく信じることができた自分の力を、過去の亡霊が、土足で踏みにじっていったのだから。
最初に動いたのは、バルガンだった。
彼は、無言でリリアのそばに歩み寄ると、ぶっきらぼうに、しかし、どこか優しく、その小さな頭をゴツゴツとした手で撫でた。
「……気にするな、嬢ちゃん。あんな奴ら、俺たちがぶっ飛ばしてやる」
その不器用な慰めに、俺も続く。
「リリア、俺たちはお前を手放したりしない。お前の力は『呪い』なんかじゃない。俺たちが、この世界で一番よく知ってる。そうだろ?」
俺たちの言葉に、リリアはゆっくりと顔を上げた。その瞳は、涙で濡れていた。
そして、彼女は、これまで誰にも話したことのなかった、自らの過去を、ぽつり、ぽつりと語り始めた。
彼女は、生まれながらにして規格外の魔力を持っていた。
幼い頃、その力を制御できず、親友に大怪我をさせてしまったこと。
周囲から「呪われた子」と疎まれ、恐れられ、たった一人で森の奥へと逃げ込んだこと。
魔法学園は、そんな彼女を保護するどころか、「危険な研究対象」として、何度も捕獲しようと人を送ってきたこと。
「だから……わたしは、ずっと怖かったんです。わたしの力は、誰かを傷つけるだけなんだって……」
その告白を聞いて、俺たちの決意は、より一層固まった。
これは、ただの厄介事ではない。理不尽な烙印を押され、孤独に震えてきた、たった一人の仲間を、俺たちが、今度こそ守り抜くための戦いだ。
「……だが、相手が悪すぎる」と、バルガンが唸った。「王立魔法学園だぞ。国そのものと言ってもいい。ただの喧嘩みてえに、殴り込みをかけるわけにもいかねえ」
「ああ。力ずくでは勝てない。これは、そういう戦いじゃない」
俺は、二人の顔を交互に見た。
「だから、俺たちは、俺たちのやり方で戦う。学園が、リリアの力を『危険な呪い』だと言うのなら、俺たちは、その力が、人々を救う『奇跡』なんだと、世界に証明してやればいい」
俺たちの武器は、武力だけじゃない。
王都を救った英雄『ブレイカーズ』という、名声だ。
「俺たちは、これまで以上に、冒険者として実績を積む。多くの人を助け、多くの脅威を打ち砕く。リリアの力が、この国にとって、どれだけ必要不可欠なものか、誰もが認めざるを得ない状況を作り出すんだ。そうすれば、学園も、世論を敵に回してまで、手出しはできなくなる」
それは、遠回りで、困難な道かもしれない。
だが、俺たちが選ぶべき、唯一の道だった。
俺たちの計画を聞いて、俯いていたリリアが、すっと顔を上げた。
彼女の瞳から、涙は消えていた。そこには、嵐の後の晴れ間のような、澄み切った、強い光が宿っていた。
「……わたし、もう逃げません」
彼女は、震える声で、しかし、はっきりと宣言した。
「わたしの力は、アルクさんと、バルガンさんと、そして、困っている人々を守るために使います。それを、学園にも、この世界にも、証明してみせます」
一人の少女の、孤独な戦いが終わった。
そして、俺たち『ブレイカーズ』三人の、世界に抗うための、本当の戦いが、今、始まった。




