第五話:初めての勝利
恐怖を、怒りで塗りつ潰す。
振り下ろされる戦斧を、俺は必死に横へ転がって回避した。轟音と共に石畳が砕け散り、その破片が頬を掠める。
(やるしかない……もう一度!)
心臓が警鐘のように鳴り響く中、俺は再び【アイテムボックス】に意識を向けた。さっきと同じ、ただの石ころ。それに、生き汚いまでの生存への渇望と、理不-尽への怒りを込めて――
「――いけぇっ!」
腕を突き出す。再び、空気を切り裂く鋭い音。
射出された石は、ミノタウロスの分厚い胸板に命中し、ゴッと鈍い音を立ててその巨体をよろめかせた。威力は絶大だ。だが、致命傷には程遠い。
「グルル……!」
ミノタウロスは明確な敵意を俺に向け、標的を完全に定めた。
まずい、距離を取らないと!
俺は後ずさりながら、立て続けにアイテムを射出した。石ころ、キャンプで使う鉄鍋、予備の盾。アイテムボックスの中にある手当たり次第のものを「弾丸」にする。
鍋は頭に当たってひしゃげ、盾は胴体にめり込んで動きを鈍らせた。
だが、それでもミノタウロスは止まらない。
(もっと……もっと鋭いもの……!)
そうだ、ジンが使っていた予備のダガーがあった!
普段なら、ただ運ぶだけの鉄の塊。だが今は、俺の命を繋ぐ牙となる。
「これでも食らえッ!」
アイテムボックスから、5本のダガーを同時に射出する。
散弾のように放たれた刃は、ミノタウロスの腕や肩に突き刺さった。浅い傷だが、確実にその体力を奪っていく。
「グオオオオオ!」
ついにミノタウロスが膝をついた。好機だ!
とどめを刺す。最高の威力と、最高の貫通力を持つ一撃を。
俺のアイテムボックスの中にある、最も硬く、最も鋭いもの。それは、モンスターの素材を解体するために使っていた、愛用のナイフだった。
全ての意識を、右腕に集中させる。
これが、俺の――冒険者としての、最初の一撃だ。
狙うは、敵の弱点である右目。
放たれた解体用ナイフは、一条の光となって闇を走り、寸分の狂いもなくミノタウロスの眼窩に吸い込まれた。
「―――ッ!!」
声にならない絶叫を上げ、ミノタウロスは巨体を大きくのけぞらせる。そして、地響きを立てながら、ゆっくりと、ゆっくりと前方に倒れ込んだ。
静寂が、訪れる。
俺は、ぜえぜえと肩で息をしながら、その場にへたり込んだ。全身の力が抜け、指一本動かすのも億劫だ。
だが、胸の奥からは、今までに感じたことのない熱い何かが込み上げていた。
誰かに命令されたわけじゃない。誰かに守られたわけでもない。
この勝利は、俺が、俺自身の力で掴み取ったものだ。
倒れ伏す巨獣を見つめ、俺は震える拳を強く、強く握りしめた。




