第四十五話:王家の密書
「……王家の紋章……」
リリアが、息を呑むのが分かった。
俺が泥の中から拾い上げたその筒は、ただの防水ケースではなかった。王家、あるいはそれに準ずる最高位の貴族や騎士団だけが使用を許される、機密文書用の伝達ケース。それが、こんな寂れた地下水路の奥で、持ち主の亡骸と共に眠っていた。
ただのスライム討伐依頼が、一気にきな臭い様相を帯びてくる。
俺とリリアは顔を見合わせ、無言で頷き合った。これは、俺たちが軽々しく開封していいものではない。
俺たちは、残りのスライムの核を迅速に回収すると、すぐさま地上へと戻った。
勝利の余韻は、新たな謎と緊張感にすっかりと塗り替えられていた。
冒険者ギルドに戻った俺は、まず受付カウンターで、腐食スライムの討伐完了を報告し、討伐の証拠である核を提出した。受付の女性は、俺たちが半日も経たずに戻ってきたことに驚きながらも、手際よく手続きを進めてくれる。
「……さすが『ブレイカーズ』ですね。お見事です」
彼女が報酬の計算を終え、俺に金貨の入った袋を渡そうとした時、俺はそれを手で制した。
「依頼は完了したが、もう一つ、報告したいことがある」
「はい、何でしょう?」
「依頼の調査中に、これを。亡くなった騎士と思われる方の亡骸と共に、水路の奥で発見した」
俺は、アイテムボックスから件の伝達ケースを取り出し、カウンターの上に置いた。
ずしり、と。それが立てた鈍い音以上に、その場を支配したのは、ケースに刻まれた紋章の重みだった。
それまで事務的に対応していた受付嬢の顔が、さっと青ざめた。
「こ、これは……王家の紋章……!? し、少々お待ちください! すぐに、ギルドマスターをお呼びします!」
彼女は慌てた様子で席を立つと、奥の部屋へと駆け込んでいく。
カウンターの周りでそのやり取りを見ていた冒険者たちが、「おい、王家の紋章だってよ」「何があったんだ?」とざわつき始めた。
やがて、執務室から降りてきたギルドマスターが、厳しい顔つきでカウンターに現れた。彼は伝達ケースを一目見ると、その表情をさらに険しくする。
「……君たちか。これを見つけたのは」
彼は、周囲に話を聞かれぬよう、低い声で俺たちに尋ねた。そして、有無を言わさぬ口調で続ける。
「詳しい話を聞く。私の執務室へ来い」
再び通されたギルドマスターの執務室。
俺とリリアは、そこで発見時の状況をありのままに話した。俺たちの報告を黙って聞いていたギルドマスターは、やがて重々しく口を開いた。
「君たちは、ただの偶然でこれを見つけたと思っているかもしれんが……どうやら、とんでもない厄介事に首を突っ込んでしまったようだな」
「どういう意味です?」
「この騎士は、ここ最近、王都で立て続けに起きている『不審死』の被害者の一人だ。そして、その事件の裏には、我々ギルドも、王国の騎士団も、まだ尻尾を掴めていない、巨大な陰謀が渦巻いている」
ギルドマスターは、テーブルの上の伝達ケースを指さした。
「これは、ギルドが責任を持って騎士団に引き渡す。君たちは、報酬を受け取り、この件は忘れる……それが、賢明な判断だ。だが――」
彼は、俺たちの目を真っ直ぐに見て言った。
「この厄介事に、あえて首を突っ込むというのなら、話は別だ。この密書を見つけた君たちには、その権利と……そして義務があるのかもしれん。どうする? ただの冒険者に戻るか、それとも、この国の闇に挑むか」
その問いは、俺たちが、もはやただの冒険者ではいられないことを、明確に示していた。
俺とリリアは、互いの顔を見合わせた。答えは、とうに決まっていた。




