第四十話:新たな旅立ち
工房に戻り、重い扉を閉めた瞬間、俺たちは三人同時に、どっと深いため息をついた。
子爵の館にいた時とは比べ物にならない、自分たちの城にいるという安心感が、張り詰めていた心と体を弛緩させていく。
「……よかったんでしょうか。あんな、断り方をして……」
リリアが、不安そうに切り出した。彼女の問いに、沈黙を破ったのはバルガンだった。
「フン、よく言ったじゃねえか、アルク」
彼は、工房の椅子にどさりと腰を下ろすと、ぶっきらぼうに、しかしどこか誇らしげに言った。
「危なっかしくて見てられなかったがな。貴族の犬に成り下がるくらいなら、こっちから願い下げだ」
「わたしも……怖かったですけど、アルクさんの言葉、嬉しかったです」
リリアも、はにかみながら続けた。「わたしたちは、道具じゃありませんから」
二人の言葉に、俺は救われたような気持ちになった。
「俺も怖かったさ。だが、あそこで頷いちまったら、俺が何のために冒険者になったのか、分からなくなると思ったんだ」
そうだ。俺たちは自由だ。
誰かに使われるためじゃない。自分たちの意志で立ち、自分たちの力で戦い、自分たちの道を切り拓く。
その想いを、俺たちはこの瞬間に、確かに共有した。
だが、同時に、俺たちはこの街に長居できなくなったことも意味していた。
子爵が、このまま黙って俺たちを見過ごすとは思えない。ギルドに圧力をかけるか、あるいは別の冒険者を使って、面倒事を仕掛けてくる可能性は十分にあった。
「……潮時、だな」
俺が言うと、バルガンもリリアも、静かに頷いた。
この街は、俺たちが『ブレイカーズ』として生まれた場所だ。
最弱のポーターとして虐げられた俺が、最高の仲間たちと出会い、最初の勝利を掴んだ、始まりの場所。
だが、俺たちの冒険は、ここで終わりじゃない。
「行こう。もっと大きな街へ。王都なら、一介の子爵の横槍も、そうそう届かないだろう」
「面白い! 王都にいるっていう、腕利きの職人連中と腕比べするのも一興だな!」
「わたしも、王立図書館に行ってみたいです!」
俺たちの心は、もう次へと向かっていた。
未来への不安よりも、まだ見ぬ世界への期待が、大きく膨らんでいく。
***
翌朝。
俺たちは、朝日を浴びながら、街の東門の前に立っていた。
バルガンが徹夜で改造したという、彼の工房の主要な工具一式を積んだ頑丈な馬車が、俺たちの新たな相棒だ。
俺は、一度だけ街を振り返った。
悔しさも、苦しみも、そして、それを乗り越えた喜びも、全てがこの街にあった。
「さあ、行こうか」
俺は、隣で輝くような瞳をしているリリアと、不敵な笑みを浮かべるバルガンに声をかける。
「俺たち『ブレイカーズ』の冒険は、まだ始まったばかりだ」
俺たちは、どこまでも続く地平線の先へと、新たな一歩を、力強く踏み出した。
(第一部 了)




