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第三十九話:自由への対価

子爵の言葉が、謁見の間に重く響く。

安定した地位。尽きることのない富。最高の研究環境。

それは、普通の人間であれば、尻尾を振って飛びつくであろう、破格の提案だった。


俺の脳裏を、一瞬だけ、その甘い未来がよぎる。

リリアが王宮の書庫で、目を輝かせながら古代の魔法を解き明かす姿。

バルガンが、山と積まれた希少金属を前に、童心に返って槌を振るう姿。

もう、金のために危険な依頼を選ぶ必要もなくなる。誰もが俺たちを敬い、羨むだろう。


だが――その時、俺の脳裏に浮かんだのは、かつての自分自身の姿だった。

パーティー「赤き剣」で、ただの便利な『道具』として扱われ、何の意志も持たず、ただ命令に従うだけだった、あの頃の俺。


(……同じじゃないか)


貴族の飼い犬となり、その牙として、主の望むままに敵を屠る。

それは、俺がなりたくてなった、『冒険者』の姿ではない。

俺が戦うのは、理不尽な脅威から人々を守るためだ。誰かの私利私欲の道具となるためじゃない。


俺の中で、答えは決まった。


「――子爵様」


俺は、意を決して口を開いた。隣で、リリアとバルガンが固唾をのむのが分かる。


「これ以上ない、光栄なお申し出、心より感謝いたします。俺たちのような者には、もったいないほどのお言葉です」


俺はまず、最大限の敬意と感謝を言葉にした。子爵は、満足げに頷いている。


「しかし」と俺は続けた。「俺たちは何より、『冒-険者』なのです。ギルドに集う人々の依頼を受け、自らの意志で脅威に立ち向かい、まだ見ぬ世界を旅する。その自由こそが、俺たちの力の源泉なのだと、信じています」


謁見の間の空気が、ぴんと張り詰める。

子爵の口元から、笑みが消えた。


俺は、これが最後の賭けだと覚悟し、言葉を続けた。

「この度の御恩は、決して忘れません。子爵様、そしてこの領地に脅威が迫った時、ギルドを通じて依頼が出されるならば、俺たち『ブレイカーズ』は、誰よりも先に駆けつけることを、この場でお約束します。ですが、どうか、俺たちを自由な冒険者として、この街にいることをお許しいただけないでしょうか」


それは、彼の支配を拒絶しつつも、忠誠を誓うという、俺なりに考え抜いた答えだった。


しばらくの沈黙の後、子爵はゆっくりと口を開いた。

その声は、先ほどまでの人の好さそうな響きとは全く違う、底冷えのするような冷たさを帯びていた。


「……そうか。残念だ。実に、残念だよ」


彼は、椅子に深く腰かけ直すと、まるで興味を失ったかのように、俺たちに手を振った。


「話は終わりだ。もう、下がってよい」


その目は、俺たちを英雄としてではなく、理解不能な愚か者として、あるいは、いずれ処分すべき害虫として見ているようだった。


俺たちは、一礼すると、重い足取りで謁見の間を後にした。

俺たちは、自由を選んだ。

だが、その対価として、この街で最も力を持つ権力者を、敵に回したのかもしれない。


館の外に出ると、街の喧騒がやけに遠くに感じられた。

モンスターとの死闘とは違う、じっとりとした汗が、俺の背中を濡らしていた。

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