第三十七話:帰還と新たな波紋
俺とリリアが冒険者ギルドに帰還すると、俺たちの姿を認めた冒険者たちの間に、さざ波のようなどよめきが広がった。黒風谷の依頼を受け、たった二人で出発した俺たちが、こうして無傷で戻ってきた。その事実が何を意味するのか、誰もが固唾をのんで見守っていた。
俺は受付カウンターへ向かうと、討伐の証拠として、アイテムボックスからテンペスト・ロックの巨大な金属質の羽と、剃刀のように鋭い爪を数本取り出した。
ズサリ、と重い音を立てて置かれた戦利品を見て、カウンターの向こうの職員だけでなく、周りの冒険者たちも息を呑む。それは、Bランクの依頼の中でも屈指の難易度を誇るモンスターの素材。それも、ほとんど損傷のない、完璧な状態のものだ。
「……黒風谷の怪鳥、討伐確認。依頼、達成です。お見事です、『ブレイカーズ』」
職員の声が、静まり返ったギルドホールに響き渡る。
もはや、俺たちの勝利を疑う者はいなかった。
鋼鉄ゴーレムの討伐は、まぐれだったのかもしれない。だが、神速のテンペスト・ロックの討伐は、彼らの力が本物であることを、ギルドの誰もが認めざるを得ない、決定的な証拠となった。
俺たちが報酬を受け取り、バルガンの待つ工房へと戻ろうとした、その時だった。
ギルドの出口で、一人の身なりの良い男が、俺たちの前に恭しく立ちはだかった。上質な生地の服、腰に提げた派手さはないが明らかに業物の剣。冒険者ではない。どこかの貴族に仕える、騎士か執事だろう。
「失礼。あなた方が、かの『ブレイカーズ』の方々ですかな?」
男は、品定めをするような目で俺たちを一瞥すると、丁寧な口調で続けた。
「私は、この地を治める子爵様にお仕えする者。この度の黒風谷の一件、実に見事な手腕であったと、我が主も大変お喜びです」
「……用件はなんだ」
「つきましては、我が主が、ぜひとも直接お礼を述べたい、と。明日、子爵邸までご足労願えませんでしょうか」
それは、丁寧な言葉で包まれてはいるが、事実上の『召喚命令』だった。
貴族からの呼び出し。それは、俺たちのような平民の冒険者にとっては、断ることの許されない招待状だ。
工房に戻り、この一件をバルガンに報告すると、彼は眉間に深い皺を寄せた。
「貴族、だと? ……やっかいなことになったな」
「やっかい?」とリリアが尋ねる。
「ああ」とバルガンは頷いた。「奴らは、俺たちのような職人や冒険者を、便利な『道具』としか見ていねえ。特に、お前たちのような規格外の力は、奴らにとっちゃ喉から手が出るほど欲しい『兵器』だ。感謝だの礼だの、言葉通りに受け取るなよ。必ず、裏がある」
バルガンの言葉に、俺は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
これまで俺たちが戦ってきたのは、牙をむき、殺意を向けてくる分かりやすい『魔物』だった。
だが、明日俺たちが対峙するのは、笑顔の仮面の下に、どんな欲望や企みを隠しているか分からない、全く質の違う『人間』だ。
俺たちの名声は、ついにギルドという小さな世界を飛び越え、権力者たちの耳にまで届いてしまった。
それは、俺たちの新たな戦いの始まりを告げる、不吉な予兆でもあった。




