第三十四話:黒風谷の疾風
馬車を乗り継ぎ、半日かけて俺とリリアは目的地である黒風谷に到着した。
その名の通り、そこは絶えず強い風が吹き荒れる、険しい峡谷地帯だった。ゴウゴウと鳴り響く風の音は、まるで谷自体が生きているかのような錯覚を覚えさせる。
「……すごい風です。これでは、まっすぐ歩くのも大変ですね」
「ああ。それに、この風は厄介だ。俺の射撃の軌道を乱す」
俺たちは警戒を強めながら、谷の奥へと進んでいく。
やがて、道が大きく開けた場所で、俺たちは凄惨な光景を目の当たりにした。
無残に破壊された複数の荷馬車。地面に散乱する積荷。そして、岩肌には巨大な爪で引き裂かれたような、生々しい傷跡がいくつも残されている。依頼書にあった、襲撃された商隊の成れの果てだ。
「……ひどい……」
リリアが息を呑む。
この破壊の跡からだけでも、相手がただの鳥ではないことがうかがえた。
その時だった。
ヒュオッ!と、これまでとは明らかに質の違う、鋭い風切り音が頭上から響き渡った。
俺は咄嗟にリリアを突き飛ばし、地面に伏せる。
「危ない!」
直後、俺たちがいた場所を、巨大な影が猛スピードで通り過ぎていった。
影は旋回し、谷の上空へと舞い上がる。そこでようやく、俺たちはその姿をはっきりと捉えた。
「――あれが、怪鳥……!」
それは、鳥というより、翼を持つ獣だった。
ワシのような鋭い嘴と、ライオンのような屈強な体躯。その全身は、まるで鋼鉄でできているかのように、鈍い金属光沢を放つ羽で覆われている。
全長は10メートル近いだろうか。そいつは、谷を吹き荒れる風を完全に味方につけ、戦闘機のように自在に空を舞っていた。
「グルルァァァァッ!!」
甲高い、耳障りな咆哮。
怪鳥――テンペスト・ロックは、俺たちを獲物と定めたのか、再び急降下を仕掛けてくる。
「チッ!」
俺は即座に、バルガンが作った試作品『ブレイカー・ニードル』をアイテムボックスから射出した。連射性能を試すには、まず一発。
だが――
放たれたニードルは、テンペスト・ロックにかすりもしなかった。
やつは、まるで未来でも見えているかのように、飛来する弾道を最小限の動きでひらりとかわしたのだ。
俺の一撃は、むなしく背後の岩壁に突き刺さる。
「……嘘……」
リリアが、信じられないといった声を漏らす。
俺もまた、冷や汗が背中を伝うのを感じていた。
鋼鉄ゴーレムとは、全く質の違う強敵。あれは、ただ速いだけじゃない。俺の射撃を『見てから』避けている。
テンペスト・ロックは、俺たちの実力を見定めたように、一度大きく旋回すると、空高くから挑戦的な鳴き声を上げた。
俺たちは岩陰に身を隠しながら、空の王者を見上げる。
速すぎる……!
ただ狙っても、当たるもんじゃないぞ、あれは……!
どうする。どうやって、あの神速を打ち落とす?
俺の頭脳が、猛烈な速度で回転を始めていた。




