第十九話:暴走しない魔法
「……い、今……何をしたんですか……?」
リリアの声は、かろうじて聞き取れるほどに震えていた。
彼女の『呪い』が込められたはずの石が、俺の手に触れた瞬間に消滅した。その現実離れした光景が、彼女の理解を完全に超えていた。
「言っただろ。これが俺のスキル、【アイテムボックス】だ。触れたアイテムを、別の空間に収納する」
俺は空の右手を、彼女の目の前でひらひらとさせてみせる。
「収納されたアイテムは、俺に何の影響も与えない。そして、俺は収納したアイテムを、好きな時に、好きな場所へ『射出』することができる。つまり――」
俺はそこで言葉を区切り、庵の近くにあった大きな岩へと向き直った。
「あんたの『呪い』は、俺には届かない。届くのは、俺が狙った敵だけだ」
言葉と共に、俺は右腕を突き出す。
アイテムボックスに格納された赤熱の石が、手のひらの前の空間から射出された。
ヒュンッ、と短い飛翔音。
石は正確に岩へと命中し――
**ドォンッ!!**
次の瞬間、ただの石ころとは思えないほどの爆発が起こった。
命中した箇所から凄まじい炎が巻き起こり、硬い岩の表面を黒く焼け焦がし、一部を砕け散らせる。リリアが付与した、ほんのわずかな魔法。それが、俺の射出速度と合わさることで、これほどの破壊力を生み出したのだ。
「…………あ……」
リリアは、その光景をただ呆然と見つめていた。
自分が生み出した力が、誰かを傷つけることなく、正しく『魔法』として機能している。その当たり前の事実が、彼女にとっては奇跡のように見えたのだろう。
彼女の大きな瞳から、ぽろり、と一筋の涙がこぼれ落ちた。
「わたしの、魔法が……暴走、してない……」
それは、ずっと彼女を苛んできた『呪い』から解放された、安堵の涙だった。
俺はそんな彼女に、改めて向き直る。そして、地面に置いていた、バルガン渾身の『ブレイカー・ボルト』を指さした。
「もう一度、頼む。リリア」
俺は初めて、彼女の名前を呼んだ。
「あんたが持つ、最高の魔法を、この『弾丸』に込めてほしい。俺と一緒に、戦ってくれないか」
俺の言葉に、リリアは涙に濡れた顔を上げた。
その瞳には、もう怯えの色はなかった。
あるのは、長い孤独の末にようやく見つけた、希望の光。
彼女は震える声で、しかし、はっきりと頷いた。
「……はいっ……!」
こうして、俺たちのパーティーに二人目の仲間が加わった。
物理攻撃を司るドワーフの鍛冶師と、魔法攻撃を司る天才付与魔術師。そして、それらを繋ぎ、唯一無二の力へと昇華させる、俺という『砲台』。
俺たちの本当の力が、今、一つになろうとしていた。