第十八話:呪いのエンチャンター
こちらを振り返った少女は、森の奥で暮らす隠者のようには見えなかった。むしろ、その大きな瞳には、人を怖れる小動物のような怯えが色濃く浮かんでいる。
「だ、誰ですか……? なぜ、こんな場所に……?」
か細く、震える声。彼女は俺を警戒し、じりじりと後ずさった。噂のせいで、これまで何度も心無い人間に出会ってきたのかもしれない。
俺は彼女を刺激しないよう、両手を軽く上げて、敵意がないことを示した。
「俺の名前はアルク。冒険者だ。あんたに……付与魔法の依頼があって来た」
俺がそう名乗ると、少女の顔からさっと血の気が引いた。
彼女――リリアは、ぶんぶんと首を横に振る。その表情は、怯えから明確な拒絶に変わっていた。
「できません……! わたしに依頼なんて、絶対に無理です!」
「どうしてだ?」
「わたしの付与魔法は、呪われているんです……! 力が強すぎて、制御できなくて、武器に魔法を込めたら、持った人を火傷させたり、動けなくしたり……あなたを傷つけてしまう! だから、お願いです、お帰りください!」
必死の形相で訴えるリリア。
その姿を見て、俺は噂が事実であることを確信した。そして、俺の考えもまた、間違いではなかったと。
俺は真っ直ぐに彼女の瞳を見つめ返した。
「あんたの魔法で、俺が傷つくことはない」
「え……?」
「どういう意味、ですか……?」
俺はリリアの問いには答えず、【アイテムボックス】からバルガンに託された一本の『ブレイカー・ボルト』を取り出した。それを、彼女の目の前の地面にそっと置く。
「これは、俺が使う『弾丸』だ。手に持って振るう武器じゃない。俺は、これに触れることなく敵に叩きつけることができる」
「弾丸……?」
「ああ。だから、試させてほしい。あんたが一番得意で、一番強力で、一番制御できない……あんたが『呪い』だと思っている魔法を、この弾丸に込めてみてくれないか」
俺の突拍子もない提案に、リリアはただただ混乱していた。
無理もないだろう。誰もが避けてきた彼女の力を、真正面から「使ってくれ」と頼んでいるのだから。
「……信じられません。そんなこと……」
「なら、見せた方が早いな」
俺は足元に転がっていた、こぶし大の石を拾い上げた。
「この石に、あんたの魔法をかけてみてくれ。例えば、触れたら火傷するような、炎の魔法を。ほんの少しでいい」
リリアは戸惑いながらも、俺の真剣な目に何かを感じたのか、おそるおそる石に向かって手をかざした。彼女が小声で何かを唱えると、石はぼうっと赤い光を放ち始め、周囲の空気がじりじりと熱を帯びる。
「……やりました。でも、絶対に触っては駄目です! 火傷します!」
彼女の忠告を背に、俺はその赤熱した石を、何の躊躇もなく右手で掴んだ。
そして、石はリリアの目の前で――跡形もなく、俺の手に吸い込まれて消えた。
「え…………?」
リリアの、息を呑む音が聞こえた。
彼女の『呪い』を、俺が何の影響もなく無効化したその光景に、彼女はただ、凍りついたように立ち尽くしていた。