第十六話:次なる一手
ずっしりと重い報酬袋を手に、俺はバルガンの工房へと戻った。
扉を開けると、中では炉の火が赤々と燃え、心地よい槌音が響いている。俺に気づいたバルガンは、汗を拭いながらニヤリと笑った。
「おう、戻ったか、アルク。どうだった、俺の『ブレイカー・ボルト』の切れ味は?」
「切れ味、というか……威力は、想像以上だった」
俺はそう言って、カウンターに報酬袋を放り投げる。チャリン、と重い金属音がして、バルガンの目が大きく見開かれた。
「鎧トカゲの甲羅、見事に砕け散ったよ。おかげで、これだけの稼ぎになった。今後の活動資金だ」
「ハッ! やってくれるじゃねえか!」
バルガンは革袋の中身を改めると、満足げに頷いた。彼は工房の隅から埃をかぶった酒瓶と杯を二つ持ってくると、なみなみと黒い液体を注いだ。ドワーフが造るエールらしい。
「祝杯だ! 俺たちの門出にな!」
「ああ」
俺たちは杯を打ち合わせ、強いエールを喉に流し込む。焼けるような熱が食道を下っていくのを感じながら、俺は今日の戦いを反芻していた。
「……バルガン」
「あんだ?」
「今日の相手は、物理攻撃が有効な相手だったから勝てた。だが、世の中には違うタイプの魔物もいる」
俺の言葉に、バルガンの陽気な顔が少しだけ真剣なものに変わる。
「例えば、実体のない幽霊や、魔法障壁を張る魔術師タイプの敵。そういう相手には、ただの鉄の杭は通用しない」
「……確かにな。俺の打つ鋼は岩をも砕くが、霧を斬ることはできん」
物理攻撃の極致。それが俺たちの今のスタイルだ。だが、それだけではいずれ限界が来る。
俺たちがさらに強くなるためには、次の一手が必要だった。
「――魔法の力、か」
俺とバルガンは、ほとんど同時に同じ結論にたどり着いていた。
俺たちの「弾丸」に、魔法の効果を付与する。炎や氷、雷といった属性の力や、アンデッドを浄化する神聖な力を与えることができれば、俺たちの戦術の幅は飛躍的に広がる。
「問題は、誰に頼むか、だ」とバルガンが唸る。
「街にいる付与魔術師のほとんどは、剣にちょっとした火花を散らす程度の力しかねえ。俺たちの『ブレイカー・ボルト』が持つ破壊の奔流に耐えられるような、強力な魔法を付与できる奴なんて……」
そこまで言って、バルガンはふと何かに思い当たったように押し黙った。
「……いや、一人だけ、心当たりが、なくもない」
「本当か!?」
「あくまで噂だ」とバルガンは前置きした。「とんでもない才能を持つ付与魔術師の少女がいるらしい。だが、その力はあまりに強大で、制御が効かんのだと」
「制御が効かない?」
「ああ。彼女が魔法を付与した武器は、強力すぎるあまり、使い手本人にまで牙を剥くらしい。剣士は火傷を負い、騎士は鎧に締め付けられる。おかげで、今じゃ『呪いのエンチャンター』と呼ばれて、街の外れの森の奥で、世捨て人のように暮らしているそうだ」
その話を聞いた瞬間、俺の脳内に電撃が走った。
強力すぎる魔法のせいで、使い手が傷つく?
(……だとしたら)
俺の戦い方は、その武器に直接触れることなく、アイテムボックスから射出する。
バルガンの「脆すぎる武器」と同じだ。他の誰かにとっては致命的な欠陥が、俺にとっては最高の長所になるんじゃないか?
俺が顔を上げると、バルガンも同じことを考えていたのか、ニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。
「面白くなってきたじゃねえか」
「ああ。次に行く場所が決まったな」
俺たちの次なる目標は、その「呪われた天才」を探し出すことだった。