第百七話:絆という名の弾丸
世界の理が、書き換えられていく。
ただそこに立っているだけで、俺とバルガンの指先から、急速に、生命の色が失われていくのが分かった。
腕の中で眠るリリアの体は、氷のように冷たくなっている。
『―――終わりだ。抗うことすら、無意味だと知れ』
玉座に座る『影』が、まるで、当然の結末を告げるかのように、その『無』の腕を、俺たちへと差し向けた。
俺たちの存在そのものを、この世界から『消去』しようというのだ。
「……アルク」
その、絶対的な絶望を前に、バルガンが、静かに俺の名を呼んだ。
彼の顔には、不思議と、恐怖はなかった。ただ、職人としての、生涯最高の仕事に臨むかのような、厳かで、清らかな覚悟が浮かんでいた。
「……旧神の野郎どもから、知識だけじゃなく、とんでもねえ『素材』も、ちょいと、くすねてきてたんだ」
彼は、工房馬車の、最も奥深く、厳重に封印されていた箱から、一本の『杭』を取り出した。
それは、これまでに俺が見てきた、どの『ブレイカー・ボルト』とも、似ていなかった。
それは、黒くも、銀色でもない。
まるで、星空そのものを、そのまま切り取って固めたかのような、計り知れないほどの『存在』を放つ、神々しいまでの弾丸だった。
「こいつは、旧神が、この世界を『創った』時に使った、最初の金属の欠片。この世界の『理』そのもので出来た、究極の杭だ」
バルガンは、その杭を、俺に手渡した。
ずしり、と。物理的な重さではない。一つの世界の運命そのものを、その手に乗せられたかのような、途方もない重みだった。
「こいつなら、奴が書き換えた、まがい物の理ごと、あの玉座を、ぶち抜けるはずだ」
俺は、頷いた。
俺がやるべきことは、ただ一つ。
この、バルガンの、そして、ドワーフの歴史の全てを込めた弾丸を、撃ち込むこと。
俺は、意識を失ったリリアを、そっと馬車の壁に寄りかからせる。
そして、彼女の、冷たくなった手に、俺の左手を、そっと重ねた。
「……リリア。お前の力も、貸してくれ。お前が信じた、この星の未来を、俺たちに、託してくれ」
俺がそう呟いた、その瞬間。
俺のアイテムボックス内で、あの『星空の杭』が、激しく脈打った。
そして、意識がないはずのリリアの手から、あの『星の意志』が放った、最後の希望の光が、俺の腕を伝い、アイテムボックス内の杭へと、吸い込まれていった。
リリアの『希望』と、バルガンの『技術』。
その二つが、俺という『器』の中で、今、一つに融合した。
俺は、最後の力を振り絞り、立ち上がった。
目の前には、『影』が放つ、絶対的な『死』の波動が、黒い壁となって迫っている。
『―――無駄だ』
「―――うるさいッ!!」
俺は、叫んだ。
もはや、狙いを定める必要すらなかった。
俺たちの、全ての想いが、仲間たちの絆そのものが、ただ一点、敵の心臓部である『調停者の玉座』へと、導かれていく。
「これが、俺たち『ブレイカーズ』の、最後の弾丸だッ!!」
俺が右腕を突き出すと、俺の体そのものが光となって弾け飛ぶかのような、凄まじい衝撃と共に、最後の杭が、放たれた。
それは、もはや弾丸ではなかった。
絶望の闇を切り裂き、偽りの理を正す、運命そのものの一撃。
『影』が放つ『死』の波動を、いともたやすく食い破り、その軌跡は、真っ直ぐに―――
玉座に座る、『影』の胸を、そして、その背後にある、『調停者の玉座』そのものを、完璧に、貫いた。
『――――――――ッ!?』
初めて、『影』から、声にならない、驚愕の思念が迸った。
玉座に、亀裂が走る。
この世界を書き換えていた、全ての力が、急速に失われていく。
『影』の輪郭が、激しく揺らぎ、その絶対的な存在が、この世界に留まれなくなっていく。
『……馬鹿な……この、我ガ……矮小なる、ヒトの、絆ごときニ……!!』
それが、俺たちが聞いた、『影』の最後の言葉だった。
次の瞬間、『調停者の玉座』は、凄まじい光を放って、粉々に砕け散った。
力の源を失った『影』は、断末魔の叫びと共に、この次元から、完全に、追放された。
静寂。
黒い大地を覆っていた、赤黒い空が、まるでカーテンが開くように、晴れていく。
天からは、何万年ぶりかの、温かい、本物の太陽の光が、差し込んできた。
俺は、その光の中で、膝から崩れ落ちた。
全てを、使い果たした。
だが、俺は、確かに感じていた。
俺の腕の中で、氷のように冷たくなっていたリリアの手に、確かな、温もりが、戻ってくるのを。
俺たちの、最後の戦いが、終わったのだ。




