第百四話:黒い大地
イザベラの船は、黒曜石のように鋭く尖った、自然のままの岸壁に、ゆっくりと接岸した。
人の手が加わった港など、どこにもない。ここは、生命を拒絶する、世界の最果てだった。
俺たち三人と、相棒の『ブレイカー・ベース』が、黒い砂と、脆い火山岩で覆われた大地に、その第一歩を記す。
空気が、重い。
それは、ただ気圧が低いとか、そういう話ではない。この大地に染み付いた、何万年もの怨嗟と、絶望の気配が、鉛のように、俺たちの肩にのしかかってくる。
「……ひどい場所だ……」
バルガンが、思わずといった風に、悪態をついた。
リリアは、胸を押さえ、苦しそうに息をしている。彼女の中にある『星の意志』が、この土地の汚染に、激しく拒絶反応を示しているのだ。
「……アルクさん。羅針盤が……そして、わたしの心が、叫んでいます」
彼女は、大陸の暗い中心部を、震える指で指し示した。
「あそこです。最後の遺産は、あそこにある。そして……あの『影』も、すでに、あそこに……!」
俺がアイテムボックスから取り出した魔法の羅針盤も、これまでにないほど、激しく、不規則に、明滅を繰り返していた。
まるで、助けを求めるように。あるいは、危険を知らせるように。
俺たちは、最後の別れのために、船に残るイザベラへと向き直った。
彼女は、いつもの不敵な笑みを、今は消し、船長としての、真剣な顔で俺たちを見ている。
「……ここから先は、あたしたちの世界じゃあない。この海そのものが、あたしたち『生きてる』人間を、必死で追い返そうとしていやがる。ここまでが、限界だ」
「ああ。ここまで送ってくれたこと、心の底から感謝する、イザベラ」
「礼なんていらねえよ」
彼女は、俺の肩を、その無骨な手で強く叩いた。
「いいかい、英雄様たち。絶対に、死ぬんじゃない。生きて帰ってきて、あたしに、この世の果てで見た、とんでもねえ土産話を、聞かせるんだ。約束だぞ!」
「……ああ。必ず、帰る」
俺たち三人は、彼女に力強く頷くと、工房馬車のコックピットへと乗り込んだ。
バルガンが、エンジンの出力を最大にする。
『ブレイカー・ベース』は、唸りを上げて、この黒い大地を、最後の目的地へと向かって走り出した。
船の甲板から、イザベラと、彼女のクルーたちが、声の限り、俺たちにエールを送ってくれるのが見えた。
俺たちは、ミラーに映るその姿が、豆粒のように小さくなるまで見届けると、やがて、振り返るのをやめた。
目の前に広がるのは、不気味な黒い水晶の柱が無数にそびえ立つ、荒涼とした大地。
空には、赤黒い雷雲が渦巻き、この世のものとは思えない、魔物たちの遠吠えが響き渡る。
ここが、俺たちの、最後の戦場。
俺は、馬車のハンドルを握る手に、全ての覚悟を込めた。
俺たち『ブレイカーズ』の、運命を砕くための、最後の旅が、今、始まった。




