第十話:前代未聞の依頼
静まり返った工房で、俺はバルガンの射抜くような視線を受け止めながら、もう一度、はっきりと繰り返した。
「だから言ったんだ。一撃の威力だけを極限まで追求し、使った後は壊れても構わない。そんな、投擲するための『弾丸』が欲しい、と」
俺が「弾丸」という言葉を使ったことで、バルガンの眉間の皺がさらに深くなる。
「弾丸、だと……? 小僧、お前は何を言ってるんだ。そんな代物、一体どうやって使う。まさか、その細腕で投げるつもりか? それでは、俺が魂を込めて打つ一撃の真価は、到底引き出せんぞ」
彼の言う通りだ。人の腕力で投げる程度では、彼の作品はただの高級な使い捨て品で終わる。
俺のスキルのことを、ここで証明する必要があった。
「言葉で言っても、信じてもらえないだろうな。……何か、適当な鉄屑を貸してくれないか? 見せた方が早い」
「……何をする気だ」
バルガンは訝しげな顔をしながらも、工房の隅に転がっていた、鍛え損ないの鉄塊を顎で示した。長さはナイフほどだが、刃も柄もなく、ただの歪な鉄の塊だ。
「それでいい」
俺は鉄塊を拾い上げると、バルガンの目の前でそれに触れた。すると、鉄塊は俺の手からふっと消え去る。
「なっ!? おい、小僧。何をした? どこへやった?」
「これが俺のスキル【アイテムボックス】だ。見ててくれ」
俺は何も持っていない、空の手を工房の奥にある分厚い石壁に向ける。バルガンは、俺の奇妙な行動を怪訝な顔で見つめている。
深く、息を吸う。ミノタウロスと対峙した時の、あの感覚を呼び覚ます。
生きるための渇望。理不尽への怒り。そして、俺の全てを叩きつけるという、強い意志。
それらを、アイテムボックス内に待機させている鉄塊に込めて――
「――いけ」
空のはずの右手の前の空間が、一瞬ぐにゃりと歪む。
そこから、先ほど格納した鉄塊が『射出』された。
ヒュゴォッ! と、今までとは比べ物にならない風切り音が工房に響き渡った。
次の瞬間。
ゴガァァァンッ!!
鼓膜が破れそうなほどの、凄まじい轟音が炸裂した。
俺が放った鉄塊は、頑丈なはずの石壁に深々と突き刺さり、その衝撃で周囲に蜘蛛の巣のような亀裂を走らせていた。
「…………」
バルガンは、完全に言葉を失っていた。
彼はゆっくりと壁に歩み寄り、信じられないものを見る目で、めり込んだ鉄塊に触れる。その指先が、微かに震えていた。
ドワーフ随一の鍛冶師である彼だからこそ、理解できたのだろう。今起きた現象が、どれほど常軌を逸しているのかを。
やて、バルガンは燃えるような瞳で俺を振り返った。
その顔に、先ほどまでの猜疑心や頑固さは欠片も残っていなかった。あるのは、最高の玩具を見つけた子供のような、純粋で、どうしようもないほどの興奮。
「小僧……今の、投げてない……だと……? まさか、それがお前の……【アイテムボックス】……!」
「ああ、そうだ」
「ク……ククク……」
バルガンは喉を鳴らして笑い始め、やがて腹の底から、楽しそうに声を上げて大笑いした。
「面白い! 面白すぎるぞ、小僧ッ! お前の依頼、受けた! いや、俺の方から頼む! 俺の最高傑作を、お前に使わせてくれ!」
彼は興奮した様子で俺の肩をバンバンと叩く。
こうして、俺と頑固なドワーフの、奇妙な協力関係が始まったのだった。