第一話:ポーターの日常
湿った土と、微かな獣の腐臭が鼻をつく。
薄暗いダンジョンの通路に、甲高い金属音と野獣の咆哮が響き渡っていた。俺のいる場所から数メートル先で、俺たちのパーティー「赤き剣」のリーダー、ザーグが巨大なオークの棍棒をその大剣で受け止めている。
「アルク! ポーションだ! 早くしろ、役立たず!」
怒声が飛ぶ。俺は即座に意識を集中させ、腰元に提げた何もない空間――俺のスキル【アイテムボックス】から、赤く輝く回復薬を取り出した。
俺の名前はアルク。スキルは【アイテムボックス(無限)】。
その名の通り、無限の容量を持つ収納スキルだ。世間では『大当たり』スキルの一つに数えられている。だが、それはあくまで後衛……それも荷物持ち(ポーター)としての話だ。
ポーションを握りしめ、前線で戦うザーグの元へ駆け寄る。彼の背後では、魔術師のリオナが詠唱を終え、炎の矢をオークに叩き込んでいた。
「サンキューな、アルク!」
そう言ってポーションをひったくっていったのは、ザーグの横からオークの死角を突いていた盗賊のジンだった。リーダーのザーグは、俺を一瞥もせずにオークへ斬りかかっている。
俺だって、冒険者だ。
腰に提げたショートソードは飾りじゃない。いつか、あの前線で皆と肩を並べて戦う日を夢見て、このパーティーに入った。
だが、リーダーのザーグにとって、俺は戦力ですらないらしい。
「お前は荷物を出したりしまったりするだけでいい。剣なんて握るな、邪魔だ」
最初にそう言われてから、俺は一度もまともに剣の訓練をさせてもらったことがない。
やがて、オークは断末魔の叫びを上げて巨体を横たえた。
「ちっ、雑魚のくせに手こずらせやがって」
ザーグは剣についた血を乱暴に振り払い、俺の方を向いた。その目に、仲間に対する労いは一切ない。
「おいアルク、さっさと素材を回収しろ。それくらいしかお前の使い道はないんだからな」
「……わかった」
返事もそこそこに、俺は駆け寄って解体用のナイフをアイテムボックスから取り出す。他のメンバーが次の階層へのルートや罠の有無を調べている間、俺は一人でオークの牙や魔石を採取していく。この作業にも、もう慣れた。
俺のスキルがなければ、彼らはこれだけの装備も、大量のポーションも、そして得られた戦利品も持ち運ぶことはできない。パーティーの生命線の一部を担っている自負はあった。
しかし、その貢献が正当に評価されることはない。報酬の分け前は、いつも一番少なかった。
ずしりと重いオークの素材をアイテムボックスに格納し、汚れた手を拭う。
ふと、腰のショートソードの柄に触れた。ひんやりとした鉄の感触だけが、俺がまだ冒険者であることを思い出させてくれる。
(いつか、俺も……)
そんな、叶わぬ夢だと嘲笑われるような願いを胸にしまい込み、俺はリーダーたちの元へと歩き出した。
こんな日々が、いつまでも続くはずがなかったのだと、この時の俺はまだ知らなかった。