ブラックミュージック は“ビジネス”になるか? 第2話:クレイジー・ブルース
作者のかつをです。
第2話をお届けします。
今回は、歴史的な録音の主役となる歌姫マミー・スミスと、その運命を決めた一曲「クレイジー・ブルース」の誕生を描きました。
一曲の歌がいかに大きな力を持つことになるのか。
その序章です。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
ペリー・ブラッドフォードは、ただの夢想家ではなかった。
彼は優れた興行師であり、才能を見抜く確かな目を持っていた。
彼が自らの計画の切り札として白羽の矢を立てたのは、一人の女性シンガーだった。
マミー・スミス。
ハーレムのヴォードヴィル(寄席)で、そのパワフルな歌声と華やかなステージ衣装で絶大な人気を誇るスター。
彼女はブルースシンガーというよりは、キャバレーの女王といった風格を持っていた。
しかしブラッドフォードは、彼女の声の奥に眠る魂の叫びを聴き取っていた。
この声ならば、白人たちの偏見を吹き飛ばせるかもしれない。
「マミー、君を歴史上最初の、レコードを出す黒人女性シンガーにしてみせる」
ブラッドフォードの熱弁に、マミーは半信半疑ながらもその可能性に賭けてみることにした。
問題は、曲だった。
ただのポップスでは意味がない。
自分たちの音楽の真価を、世に問わなければならない。
ブラッドフォードは、一曲のブルースを書き上げた。
それは彼自身の、そしてハーレムに生きる多くの黒人たちの心の叫びを代弁するような歌だった。
愛する男に裏切られ、絶望の淵にいる女の歌。
しかしその悲しみの中には、決して屈しない強い意志が込められていた。
その曲の名は、「クレイジー・ブルース」。
“I can't sleep at night, I can't eat a bite,
'Cause the man I love, he don't treat me right.”
(夜も眠れない、何も喉を通らない、
愛するあの人が、ひどい仕打ちをするから)
このありふれた悲恋の歌が、やがてアメリカの音楽産業を根底から揺るがす革命のファンファーレになることを、まだ誰も知らなかった。
ブラッドフォードはこの楽譜を握りしめ、再びレコード会社の分厚い扉を叩く。
武器は一人の歌姫と一曲のブルース。
そして決して折れることのない、彼の執念だけだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
マミー・スミスはブルースだけでなく、ジャズやヴォードヴィルのスタンダードも歌いこなす非常に芸達者なシンガーでした。
その表現力の幅広さが、逆に白人プロデューサーにも受け入れられる余地を作ったのかもしれません。
さて、最高の武器を手に入れたブラッドフォード。
しかし最も困難なミッションが、彼を待ち受けていました。
次回、「白人経営者の説得」。
千載一遇のチャンスが、偶然から舞い込んできます。
ブックマークや評価、お待ちしております!
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