ブラックミュージック は“ビジネス”になるか? 第1話:売れないレコード
作者のかつをです。
本日より、第二章「レース・レコード創世記 ~黒人音楽は“ビジネス”になるか?~」の連載を開始します。
当たり前のように存在する「黒人音楽のレコード」。
しかしその最初の一枚が世に出るまでには、人種差別という大きな壁と一人の男の執念の物語がありました。
そのプロローグから、物語は始まります。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
スマートフォンの音楽アプリを開けば、そこは無限の音楽図書館だ。
ブルース、ジャズ、ソウル。
何百万という黒人アーティストたちの魂の歌が、指先一つで瞬時に再生される。
あまりにも当たり前になった、この光景。
しかし、ほんの百年前。
黒人の歌声がレコード盤に刻まれることなど、誰も想像すらしなかった時代があったことを知る者は少ない。
その分厚い壁に、たった一人で挑んだ不屈の男の物語を。
物語の始まりは、第一次世界大戦が終結した直後の1919年、アメリカ合衆国ニューヨーク。
「ティン・パン・アレー」と呼ばれる音楽出版社が軒を連ねる一角。
楽譜と野心、そして葉巻の煙が渦巻くこの場所で、一人の黒人男性が今日もまた分厚い扉を叩いていた。
彼の名はペリー・ブラッドフォード。
ソングライターでありバンドリーダーであり、そして何より燃えるような野心を持つ夢想家だった。
「また君か、ブラッドフォード。言ったはずだ、黒人の音楽は売れない、と」
白人の音楽出版社の役員は、うんざりした顔で彼が差し出した楽譜を押し返した。
当時のレコード産業は、完全に白人のための世界だった。
レコードを買うのは中流階級の白人。
レコードに録音されるのは、白人の歌手が歌う上品なポップスやオペラ。
ブルースやジャズといった黒人音楽は、南部の酒場やハーレムのダンスホールで鳴り響く、猥雑で記録する価値のないものと見なされていた。
しかしブラッドフォードには、見えていた。
彼ら白人が決して見ようとしない、巨大な市場が。
夜のハーレムを歩けば、そこには熱気があった。
ダンスホールは最新のジャズに熱狂する黒人たちで溢れかえっている。
彼らは自分たちの音楽に飢えていた。
自分たちのスターを待ち望んでいた。
「なぜ、彼らのためのレコードがないんだ?」
ブラッドフォードの胸には憤りと、そして巨大なビジネスチャンスへの確信が燃え上がっていた。
「黒人による、黒人のためのレコード。必ず、売れる」
誰もが不可能だと笑う中、彼の孤独な戦いが始まろうとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第二章、第一話いかがでしたでしょうか。
当時の黒人アーティストの曲がレコードになる場合でも、その歌はアル・ジョルソンのような「ブラックフェイス(顔を黒く塗った白人)」のスターが歌うのが普通でした。
黒人自身の声がそのまま記録されることは、ほとんどなかったのです。
さて、巨大な壁に挑むブラッドフォード。
彼は自らの夢を実現するための、一人の歌姫を見つけ出します。
次回、「クレイジー・ブルース」。
歴史を動かすことになる、一曲のブルースが誕生します。
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