フィールド・レコーディング創世記 第7話:あなたのプレイリストに眠る声(終)
作者のかつをです。
第一章の最終話です。
一人の偉大な開拓者の功績が、現代の私たちと、どう繋がっているのか。
この物語全体のテーマに立ち返りながら、彼の物語を締めくくりました。
読者の皆様の心に、何か少しでも、残るものがあれば幸いです。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
アラン・ローマックスは、生涯を、旅に捧げた。
アメリカ南部だけでなく、カリブ海、ヨーロッパ、アジア。
彼は、世界中の「 народ(ピープル)の声」を、その耳と、録音機で、記録し続けた。
彼が遺した録音は、数万時間に及ぶ。
それは、人類が共有すべき、声の遺産となった。
彼が守ろうとしたのは、単なる音楽ではなかった。
それは、機械化とグローバリゼーションの波の中で、急速に失われつつあった、人間の文化の多様性そのものだった。
それぞれの土地には、それぞれの歌があり、それぞれの魂の形がある。
世界が、一つの同じ色に塗りつぶされてはならない。
彼の旅は、その信念に貫かれていた。
……2025年、東京。
カフェで流れる古いブルースを聴きながら、若者が、イヤホンを耳に当てる。
彼のスマートフォンの中には、世界中の、ありとあらゆる音楽が詰まっている。
ヒップホップ、ロック、EDM、J-POP……
彼は知らない。
自分が聴いている、そのヒップホップのビートの源流に、レッドベリーが刑務所で歌ったワークソングのリズムが、生きているかもしれないということを。
自分が聴いている、そのロックバンドのギターリフが、ロバート・ジョンソンが悪魔に売り渡した魂の、遠いこだまであるかもしれないということを。
自分が、指一本で、世界中の音楽にアクセスできる、この奇跡のような日常。
その始まりに、泥まみれの車を走らせ、200キロの機材を担ぎ、消えゆく声を、必死に、未来から手繰り寄せようとした、一人の開拓者がいたということを。
歴史は、彼の名を忘れるかもしれない。
しかし、彼が救い出した声は、決して、消えることはない。
それは、あなたのプレイリストの片隅で、今も、静かに、次の世代に発見されるのを、待っているのだから。
(第一章:フィールド・レコーディング創世記 ~消えゆく声を記録した男~ 了)
第一章「フィールド・レコーディング創世記」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
アラン・ローマックスの思想は「文化の公正(Cultural Equity)」と呼ばれ、全ての文化は等しく価値があり、保護されるべきだというものです。
彼の活動は、音楽の分野を超えて、今なお大きな影響を与え続けています。
さて、アメリカ南部の魂の歌が、記録されました。
次なる物語は、その音楽が、いかにして「商品」となり、巨大な産業へと変貌していくのか。
その光と影の物語です。
次回から、新章が始まります。
第二章:レース・レコード創世記 ~黒人音楽は“ビジネス”になるか?~
ブルースが、初めてレコードに刻まれた日。
そこには、人種差別と、商業主義、そして音楽への愛が渦巻く、知られざるドラマがありました。
引き続き、この壮大な音楽創世記の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第二章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。
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