フィールド・レコーディング創世記 第6話:ロックンロールへの遺言
作者のかつをです。
第6話をお届けします。
一人の男の地道な活動が、いかにして、国境と時代を越え、巨大な文化のうねりを生み出したか。
その壮大な連鎖を描きました。
歴史の面白さは、こうした「意図せざる結果」にあるのかもしれませんね。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
アラン・ローマックスがミシシッピのプランテーションで録音した、一人の若いトラクター運転手がいた。
彼の名は、マッキンリー・モーガンフィールド。
のちに、北の大都市シカゴへ渡り、その名を世界に轟かせることになるブルースの巨人――マディ・ウォーターズだ。
ローマックスが録音した自分の歌声を、初めてスピーカーから聴いた時の衝撃。
マディは、その瞬間のことを、生涯忘れることはなかったという。
「俺の声は、レコードになるほどの価値があるのか。ならば、俺は、プロになれるかもしれない」
その確信が、彼を故郷から、より大きなチャンスが眠るシカゴへと向かわせた。
そして、シカゴでエレキギターを手にした彼は、南部の泥臭いアコースティック・ブルースを、よりラウドで、攻撃的で、都会的な「シカゴ・ブルース」へと、自らの手で進化させていく。
その、ザラついて歪んだギターサウンドが刻まれたレコードが、貨物船の荷物に紛れ、大西洋を渡った。
1960年代、イギリス。
ロンドンやリバプールの、薄暗く、煙草の煙が立ち込めるクラブで、アメリカから届く、希少なブルースのレコードを、まるで聖なる遺物のように、目を輝かせて聴いている若者たちがいた。
エリック・クラプトン、ミック・ジャガー、キース・リチャーズ、ジミー・ペイジ……
のちに、ロックという名の巨大な怪物を作り上げ、世界を征服することになる、若き日の神々だ。
彼らは、マディ・ウォーターズの、ロバート・ジョンソンの、そしてローマックスが記録した名もなきブルースマンたちの音楽に、完全に心を奪われていた。
そこには、自分たちがラジオで聴く、上品で退屈なポップスにはない、剥き出しの感情と、危険な匂い、そして抗いがたい性的魅力があった。
彼らは、そのサウンドを、自分たちのエレキギターで、より大きく、より歪ませて、増幅していった。
ブルースの魂は、イギリスの労働者階級の若者たちの肉体を通して、全く新しい音楽――ロックンロールへと、転生を遂げたのだ。
ローリング・ストーンズというバンド名は、マディ・ウォーターズの曲名「Rollin' Stone」から取られた。
レッド・ツェッペリンは、数多くのブルースの古典を、自分たちのヘヴィな楽曲の骨格とした。
アラン・ローマックスが、ミシシッピの泥道で、一台のオンボロ車を走らせて拾い集めた、消えゆくはずだった声。
その声は、思いもよらない形で、世界で最も巨大で、最も商業的な音楽の潮流を、生み出すことになった。
彼は、意図せずして、来るべきロックンロールの時代への、最も重要な遺言を、書き残していたのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ローリング・ストーンズが、初めてアメリカのテレビ番組に出演した際、司会者に「ブルースの巨匠、マディ・ウォーターズを、この番組に呼んでくれ」と直訴したという有名な逸話があります。
彼らのルーツへの敬意の深さがうかがえますね。
さて、ローマックスの旅は、現代の私たちと、どう繋がっているのでしょうか。
次回、「あなたのプレイリストに眠る声(終)」。
第一章、感動の最終話です。
ぜひ最後までお付き合いください。
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