エルヴィス・プレスリーの発掘 第5話:メンフィスの熱い夜
作者のかつをです。
第5話をお届けします。
今回はエルヴィスのデビュー曲がいかにして世に放たれたか。
その仕掛け人であるサム・フィリップスとDJデューイ・フィリップスの大胆な賭けを描きました。
まさにメンフィスが熱狂に包まれた一夜ですね。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
サム・フィリップスは、興奮していた。
手元にはとんでもない爆弾がある。
問題はいかにして、その導火線に火をつけるかだ。
彼はまずアセテート盤のテストプレスを、数枚作った。
そしてその一枚を、メンフィスで最も影響力のある一人のディスクジョッキーの元へと持ち込んだ。
彼の名はデューイ・フィリップス。
サムと同じ苗字だが、血縁関係はない。
彼のラジオ番組「Red, Hot, and Blue」は、メンフィスの若者たちの聖書だった。
彼は人種の壁を平然と飛び越え、黒人のブルースやR&Bを白人の若者たちに紹介する唯一の過激なDJだった。
サムは震える手で、デューイにレコードを手渡した。
「デューイ、頼む。こいつを聴いてみてくれ」
デューイは訝しげな顔で、その名もなき青年のレコードをターンテーブルに乗せた。
そして針を落とした。
スピーカーから「That's All Right, Mama」の性急なリズムが流れ出した瞬間。
デューイの顔色が変わった。
「……サム、こいつは誰だ?」
「黒人か? いや、しかし歌い方はどこか白人のカントリーっぽい……」
「一体どっちなんだ?」
その問いこそが、サムが待ち望んでいた言葉だった。
「それこそが答えさ、デューイ。彼はその両方なんだ」
その夜の生放送。
デューイは歴史的な決断を下した。
彼はエルヴィス・プレスリーの「That's All Right, Mama」をオンエアしたのだ。
曲が終わった瞬間、ラジオ局の電話が鳴り止まなくなった。
「今の曲は何だ!」
「あの歌手は誰だ!」
「もう一度かけてくれ!」
リスナーからの問い合わせが殺到した。
その夜デューイは、一晩の番組の中でエルヴィスの曲を14回もかけたという。
メンフィスは一夜にして、熱狂の坩堝と化した。
デューイはすぐさま、まだ自宅で母親と映画を見ていたエルヴィスをスタジオへと呼び出した。
突然の出来事に何が何だか分からないままスタジオにやってきたエルヴィс。
彼は生まれて初めて、マイクの前に座らされた。
デューイが尋ねる。
「エルヴィс、多くの人が君がどこの高校に行っていたか知りたがっている。なぜなら彼らは君が黒人なのか白人なのか、分からないからだ」
エルヴィスははにかみながら、答えた。
「俺はヒュームズ高校に通っていました」
それは白人専用の高校だった。
その一言でメンフィスの白人の若者たちは、確信した。
自分たちの世代の新しいヒーローが現れたのだ、と。
サム・フィリップスの賭けは、完璧な勝利に終わった。
人種の壁を音楽が、確かに打ち破った歴史的な一夜だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
このデューイ・フィリップスのラジオ番組での出来事は、ロックの歴史における最も有名な伝説の一つです。
まさにラジオが最も力を持っていた時代の、象徴的なエピソードですね。
さて、メンフィスのローカル・ヒーローとなったエルヴィс。
しかし彼の快進撃は、まだ始まったばかりでした。
次回、「キング・オブ・ロックнロール」。
彼の人気は、社会現象へと発展していきます。
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