エルヴィス・プレスリーの発掘 第4話:That's All Right, Mama
作者のかつをです。
第4話をお届けします。
今回はこの物語の一つのクライマックス。
ロックнロールが産声を上げたその奇跡の瞬間を描きました。
計算された計画ではなく、偶然の遊びの中から偉大な何かが生まれる。
まさに歴史のダイナミズムですね。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
それは完全な、アドリブだった。
スコティ・ムーアの軽快なギターカッティング。
ビル・ブラックのウッドベースが、弦を指板に叩きつけるパーカッシブなスラップ音。
そして、エルヴィスの歌声。
それはもはや、母親にバラードを歌っていた内気な青年の声ではなかった。
それは黒人ブルースシンガーの情熱と、白人カントリーシンガーの陽気さを併せ持った、誰も聴いたことがないハイブリッドな声だった。
彼が歌っていたのは、アーサー・“ビッグボーイ”・クルーダップという黒人ブルースマンの古い曲。
「That's All Right, Mama」
しかし彼は原曲のゆったりとしたブルースとは全く違う、性急で爆発的なエネルギーでその曲を歌い飛ばしていた。
コントロールルームでその予期せぬジャム・セッションを聴いていた、サム・フィリップス。
彼は椅子から飛び上がった。
「……これだ」
彼の全身に鳥肌が立っていた。
「これこそが俺がずっと探し求めていた音だ!」
彼はトークバック・マイクのスイッチを入れ、スタジオに向かって叫んだ。
「おい、エルヴィс! 今のなんだ! もう一度やってくれ! 頭からだ!」
スタジオの三人はきょとんとしていた。
自分たちが今何をやったのか、全く理解していなかった。
ただの遊びだったのだ。
「何を、やったかって……ただふざけていただけですよ」
しかしサムは確信していた。
今このスタジオで、歴史的な何かが生まれようとしている、と。
彼はテープの録音ボタンを押した。
そして三人に、もう一度演奏するように指示した。
二度目のテイク。
そこにはもはや、緊張も迷いもなかった。
三人はただ音楽の喜びに、身を任せていた。
エルヴィスの腰が、自然と動き出す。
その官能的な動きは、後の彼の代名詞となるパフォーマンスの原型だった。
録音を終えたテープを聴き返した時。
そこにいた誰もが、言葉を失った。
テープに刻まれていたのは、ブルースでもなくカントリーでもない、全く新しい音楽の生命体だった。
黒人のリズムと白人のメロディが完璧に融合した、危険でセクシーなサウンド。
サム・フィリップスの途方もない夢。
「白人の体に、黒人の魂を持つ男」
彼はついに、その奇跡の才能を発見したのだ。
この埃っぽい小さなスタジオで。
ロックнロールという20世紀最大級の文化革命。
その最初の産声は意図された発明ではなかった。
それは一つのセッションが行き詰まったその退屈な瞬間に生まれた、幸運な「事故」だったのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この時ベーシストのビル・ブラックがウッドベースの弦を指板に叩きつけてリズムを刻んだ「スラップ奏法」。
これもまたロカビリーという音楽を特徴づける、重要な発明となりました。
まさに奇跡が重なった一夜だったのです。
さて、歴史的な一曲は録音された。
しかし問題は、この奇妙な新曲を世間が受け入れるかどうかでした。
次回、「メンフィスの熱い夜」。
サム・フィリップスは、ある大胆な賭けに出ます。
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