エルヴィス・プレスリーの発掘 第2話:母親への贈り物
作者のかつをです。
第2話をお届けします。
今回は若き日のエルヴィス・プレスリーの、初々しい登場シーンを描きました。
母親へのプレゼントを作りたいというささやかな動機が、やがて世界を変えることになります。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
その青年は、ある日の午後ふらりとスタジオにやってきた。
「あの、すいません。ここでレコードが作れるって聞いたんですけど」
受付にいたサムの秘書、マリオン・ケイスカーはその青年を一瞥した。
サイドの髪を油でべっとりと固めた奇妙な髪型。
ピンクのシャツに黒のスラックスという派手な服装。
いかにも田舎から出てきたばかりといった風情の、内気そうな青年だった。
彼の名は、エルヴィス・プレスリー。
メンフィス郊外で母親と二人で貧しい暮らしを送る、18歳のトラック運転手だった。
「ええ、作れるわよ。2曲で4ドルだけど」
マリオンは事務的に答えた。
サン・スタジオはプロの録音の合間に、「誰でもレコードが作れます」という一般向けのサービスを行っていたのだ。
結婚式の記念や恋人へのプレゼントに、自分の歌声をレコードに残す人々が時々やってきていた。
「それで、あなたは誰のために歌うの?」
マリオンの問いに、青年ははにかみながら答えた。
「母の誕生日のプレゼントにしたくて……」
その純朴な答えに、マリオンの心は少し動かされた。
彼女は青年に尋ねた。
「あなたは、どんな歌を歌うの?」
「バラードです」
「誰みたいな声なの?」
「……誰にも似ていません」
その自信に満ちた、しかし少しも嫌味のない答え。
マリオンはこの奇妙な青年に、何か特別なものを感じ始めていた。
彼女はとっさにスタジオの録音ボタンを押した。
サムに後で聴かせるために。
エルヴィスは貸し出された古びたアコースティック・ギターを、ぎこちなく構えた。
そして当時の人気バラード歌手のヒット曲を、歌い始めた。
その歌声は悪くはなかった。
甘く優しい声だった。
しかしマリオンの心を強く揺さぶるほどのものではなかった。
録音を終え、エルヴィスは4ドルを支払い、たった一枚だけプレスされたアセテート盤のレコードを大切そうに抱えて帰っていった。
その夜、マリオンはサム・フィリップスにその録音を聴かせた。
「ねえサム。今日、面白い子が来たのよ」
サムはテープから流れてくる青年の歌声に、耳を澄ませた。
「……悪くはないな」
しかし彼の反応もまた、平凡なものだった。
その時点では彼もまた、この内気なトラック運転手の声の奥に眠る巨大な可能性に気づいてはいなかったのだ。
歴史の歯車はまだ、完全には噛み合っていなかった。
奇跡が起きるためには、もう一つの重要な「事故」が必要だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この時エルヴィスが歌ったのは、「My Happiness」と「That's When Your Heartaches Begin」という二曲のバラードでした。
この歴史的な最初の一枚は現在、約4000万円以上の価値があるとされています。
さて、一度はサム・フィリップスのアンテナに引っかからなかったエルヴィс。
しかし秘書のマリオンは、彼のことを忘れていませんでした。
次回、「見つからない声」。
ある一曲のバラードが、再び彼をスタジオへと呼び戻します。
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