ディストーション発明の日 第4話:ファズという名の黒い箱
作者のかつをです。
第4話をお届けします。
今回はギタリストなら誰もが知っている魔法の小箱「エフェクター」の、その最初の物語を描きました。
一つのヒット曲がいかにして一つのテクノロジーの運命を変えてしまうのか。
そのダイナミックなプロセスを楽しんでいただければ幸いです。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
リンク・レイの革命によって、「歪んだギターサウンド」はギタリストたちの垂涎の的となった。
しかしそのサウンドを手に入れる方法は、あまりにも乱暴で原始的だった。
毎回高価なアンプのスピーカーを、ナイフや鉛筆で突き刺すわけにはいかない。
ギタリストたちは皆渇望していた。
もっと手軽に、そして安定してあの暴力的なサウンドを作り出せる魔法の道具を。
その声に応えたのが、ガレージにこもる名もなき電子技術者たちだった。
1962年。
ギブソン社から世界で最初のコンパクトな歪み系エフェクターが発売される。
その名は、「Maestro FZ-1 Fuzz-Tone」。
それは小さな楔形の黒い箱だった。
ギターとアンプの間に繋ぐだけで、誰でも簡単にあのファズ・サウンドを作り出すことができる。
それは画期的な発明だった。
しかし当初この魔法の箱は、全く売れなかった。
まだ時代が追いついていなかったのだ。
多くのギタリストにとって「歪み」はまだ特殊な飛び道具でしかなく、その本当の価値に気づいていなかった。
売れない在庫の山を抱え、ギブソン社は頭を悩ませていた。
このまま生産中止にするしかないのか。
そんなある日。
イギリスからやってきた若きロックバンドが、この黒い箱の運命を劇的に変えることになる。
そのバンドの名は、ザ・ローリング・ストーンズ。
1965年、彼らのギタリスト、キース・リチャーズは新曲のギターリフを考えていた。
何かこれまでにないキャッチーで、攻撃的なリフが欲しい。
彼はスタジオの片隅で埃をかぶっていたあの売れない黒い箱、「Maestro FZ-1」を試しに自分のギターに繋いでみた。
そして彼が弾き出した、たった三つの音符。
「デン、デデ、デーン…」
ファズによって歪まされたそのシンプルなリフは、まるで猛獣の咆哮のようだった。
キースは直感した。
これだ、と。
そのギターリフをイントロに使った曲。
それが、「(I Can't Get No) Satisfaction」だった。
この曲は大西洋を越え、全世界で空前の大ヒットを記録する。
そして世界中の若者たちが、ラジオから流れてくるあの衝撃的なギターサウンドの虜になった。
「あの音は一体何だ?」
「どうすればあの音が出せるんだ?」
翌日、楽器屋には若者たちが殺到した。
彼らが求めていたのはただ一つ。
昨日まで誰にも見向きもされなかったあの黒い箱、「Maestro FZ-1」だった。
在庫は一瞬で消えた。
ファズは一夜にして、すべてのロックギタリストが持つべき必須アイテムへと姿を変えたのだ。
偶然の「事故」から始まった歪みの歴史は、ついに誰の手にも届く「テクノロジー」となった。
ロックンロールの武装化が始まった瞬間だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
面白いことに、キース・リチャーズ自身は当初「Satisfaction」のあのギターリフを、ホーンセクションで演奏するつもりだったそうです。
ファズの音はあくまでデモ用のガイドだったとか。
歴史の女神の気まぐれですね。
さて、ついに武器を手に入れたロックギタリストたち。
その歪みの探求は、さらに過激な方向へと向かっていきます。
次回、「ノイズという名の芸術(終)」。
第七章、感動の最終話です。
一人の天才の登場が、歪みの歴史を新たな次元へと引き上げます。
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