ディストーション発明の日 第2話:落下したアンプ
作者のかつをです。
第2話をお届けします。
ロック史上最初の歪んだギターサウンドは、壊れたアンプから生まれた。
今回はそのあまりにも有名な伝説的な「事故」の瞬間を描きました。
歴史は時にユーモアを交えて、進んでいくものですね。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
その「事故」は、ブルース・ギタリスト、ギター・スリムのレコーディング・セッションで起こった。
彼はその名の通り派手な色のスーツに身を包み、長いケーブルを引きずりながらステージを縦横無尽に暴れ回る過激なパフォーマーだった。
そのワイルドなギタースタイルは、後のジミ・ヘンドリックスにも大きな影響を与えている。
しかしスタジオの中では、彼もまた「クリーンという名の檻」に閉じ込められていた。
彼の荒々しいピッキングはすぐにアンプの許容量を超え、音を歪ませてしまう。
エンジニアは、そのたびに眉をひそめ録音を中断させた。
そんなある日のこと。
ギタリストのアイク・ターナー(後にティナ・ターナーの夫として有名になる)が率いるバンドのレコーディング。
彼らがメンフィスにある伝説の「サン・スタジオ」へと向かう道中のことだった。
バンドの機材を満載した一台の車。
その屋根に無造作に積まれていたギターアンプが、走行中の振動で荷綱から外れアスファルトの地面へと落下してしまったのだ。
「なんてこった!」
バンドのギタリスト、ウィリー・キザートは青ざめた。
アンプは彼の大事な商売道具。
そしてこれから大事なレコーディングだというのに。
恐る恐るアンプを拾い上げてみると、見た目には大きな損傷はない。
しかし中からカラカラと、何かが転がる音がする。
スタジオに着き、彼は祈るような気持ちでその壊れたアンプにギターを繋いでみた。
電源を入れると幸い、音は鳴った。
しかしその音は、いつものクリーンな音とは全く違っていた。
「ブゥー…、ザザザ…」
スピーカーから出てきたのは、まるで蜂の羽音のようにファズがかった汚い音。
落下した衝撃でアンプ内部の真空管か、あるいはスピーカーコーン(スピーカーの音を出す紙の部分)が壊れてしまったのだろう。
最悪だ。
もう今日はレコーディングできない。
誰もがそう思った、その時だった。
スタジオのオーナーでありプロデューサーでもあったサム・フィリップスが、その音を聴いて言った。
「待てよ。その音、なんだか面白いじゃないか」
彼はエンジニアが眉をひそめるのも構わずに、続けた。
「いいからそのまま録ってみよう。これは使えるかもしれない」
その偶然の産物である「ファズ・サウンド」で録音された曲。
それが1951年にリリースされた、「Rocket 88」だった。
この曲は多くの音楽史家によって、「史上最初のロックンロール・レコード」と呼ばれている。
ロックンロールの魂である歪んだギターサウンドは、計算された発明ではなかった。
それは一台の壊れたアンプが生み出した、幸運な「事故」の産物だったのだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この「Rocket 88」のギターサウンドが本当に意図せざる事故だったのか、それともサム・フィリップスが意図的に作り出したものだったのかについては、今なお議論が続いています。
しかし事故であったという説が、最もロマンチックでロックンロールらしいと思いませんか?
さて、偶然生まれてしまった歪んだ音。
しかしそれはまだ一部のマニアックなサウンドでしかありませんでした。
次回、「意図的な破壊工作」。
あるギタリストが、この「事故」を「発明」へと昇華させます。
ブックマークや評価、お待ちしております!
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