ディストーション発明の日 第1話:クリーンという名の檻
作者のかつをです。
本日より、第七章「ディストーション発明の日 ~破れたスピーカーの幸運~」の連載を開始します。
ロックの象徴である「歪んだギターサウンド」がいかにして生まれたのか。
それは一つの幸運なアクシデントから始まりました。
今回はその物語の序章です。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
ライブハウスの重い扉を開けると、爆音のロックサウンドが全身を殴りつけるように襲いかかってくる。
特にエレキギターの音は凶暴だ。
「ジャーン!」と鳴らされるコードは、ガラスが割れるような鋭い響きを持っている。
ギャンギャンと泣き叫ぶギターソロは、まるで猛獣の咆哮のようだ。
このザラザラとした荒々しく、「歪んだ(ディストーション)」音。
それはロックという音楽の象徴であり、魂そのものだ。
しかしこの「歪み」が、かつてはただの「雑音」としてエンジニアたちから忌み嫌われていた時代があったことを、知る者は少ない。
その厄介者のノイズを「発明」へと変えた、幸運な「事故」と一人の反逆者の物語を。
物語は、ロックンロールがまだ産声を上げたばかりの1950年代のアメリカに遡る。
チャーリー・クリスチャンの革命によって主役の座へと躍り出た、エレクトリック・ギター。
しかしその音色には、一つの絶対的な「正義」があった。
それは、「クリーン」であること。
アンプから出てくる音はギター本来の木の鳴りを、忠実にそして美しく再現したものでなければならない。
音が歪むこと、割れること。
それは機材の性能が低いか、演奏者の腕が悪いことの証明だった。
レコーディング・スタジオではエンジニアたちが、神経質にメーターの針を監視していた。
針がレッドゾーンに触れ音が少しでも歪もうものなら、録音は即座に中断された。
「今のテイクはダメだ。音が歪んでいる」
ギタリストたちは、この「クリーンという名の檻」の中に閉じ込められていた。
彼らがどれだけ感情を高ぶらせ、弦を力いっぱいかき鳴らしてもアンプのボリュームには限界があった。
それ以上音量を上げれば、音は汚く歪んでしまうからだ。
もっとラウドに。
もっとワイルドに。
もっと危険なサウンドが欲しい。
初期のロックンロールやブルースのギタリストたちは、皆その渇望を胸に抱いていた。
彼らは本能的に感じ取っていた。
この行儀の良いクリーンな音色だけでは、自分たちの初期衝動を表現しきれない、と。
彼らはまだ知らない。
自分たちがノイズとして排除しようとしているその「歪み」こそが、未来のロックンロールの扉を開ける黄金の鍵であることを。
歴史は、その鍵を彼らに手渡すためのささやかな「事故」を準備していた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第七章、第一話いかがでしたでしょうか。
今では数えきれないほどの「歪み系エフェクター」が存在しますが、当時はギターの音を意図的に歪ませるという発想そのものが存在しなかったのです。
歪みはただの「悪」でした。
さて、そんな時代にあるレコーディングスタジオで、小さな「事故」が起こります。
次回、「落下したアンプ」。
歴史は時に、こんなにも呆気なく動き出します。
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