消えゆく声を記録した男 第4話:悪魔との取引
作者のかつをです。
第4話をお届けします。
ブルース好きなら誰もが知る、ロバート・ジョンソンの「クロスロード伝説」。
今回はローマックスが、その伝説の「記録者」としていかに重要な役割を果たしたかを描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
アラン・ローマックスの旅は常に、無慈悲な時間との戦いだった。
彼がある盲目のブルースギタリストの噂を聞きつけ、何日もかけてその住処を訪ねた時、家の主はすでに一週間前にこの世を去っていたということも、一度や二度ではなかった。
そのたびに歴史のページが、一枚また一枚と目の前で燃え落ちていくような無力感に苛まれた。
彼の心には常に、一人の男の幻影がまるで熱病のようにつきまとっていた。
ロバート・ジョンソン。
その名は南部のジューク・ジョイントで、囁き声と共に語られていた。
ミシシッピの、月も出ない真夜中の十字路で悪魔に自らの魂を売り渡し、その代償に人間業とは思えない悪魔的なギターの腕前を手に入れた、と。
彼のギターはまるで三人の人間が同時に弾いているかのように聞こえたという。
ベースラインを刻み、コードを鳴らし、そして泣き叫ぶようなメロディを奏でる。
その歌声は聴く者の心の最も暗い部分を抉り出し、奈落の底へと引きずり込む力を持っていた、と。
ローマックスは旅の先々で、彼の情報を執拗に集めた。
しかし誰もその正確な居場所を知らない。
彼はまるで幽霊のように、南部の町から町へとギター一本を抱えて彷徨い続けていた。
その神出鬼没ぶりもまた、彼の伝説に拍車をかけていた。
そして、ローマックスがついにその足跡を掴みかけた時、あまりにも残酷な知らせが届く。
ロバート・ジョンソンは嫉妬深い人妻の夫に、毒の入ったウイスキーを飲まされ苦しみ抜いた末に死んだ、と。
27歳。
あまりにも早すぎる、伝説にふさわしい最期だった。
ローマックスは間に合わなかった。
悪魔の音楽をその手で記録するという夢は、永遠に叶わぬものとなった。
彼は深い失意の中で、ジョンソンの母親が住むという粗末な小屋を訪ね当てた。
そして彼女が息子の形見として、布にくるんで大切に保管していたたった数枚の商業用のアセテート盤レコードを、熱意の末に譲り受けることになる。
ワシントンに戻り、そのレコードに針を落とした時、ローマックスは全身が総毛だつのを感じた。
スピーカーから流れ出したのは、まさしくこの世のものとは思えない悪魔の音楽だった。
技術、表現力、そして歌に込められた絶望の深さ。
そのすべてが、彼がこれまで録音してきた他のブルースマンたちとは次元が違っていた。
「これを歴史の中に埋もれさせてはならない」
ローマックスは強く決意した。
彼はこの時まだ、自分が録音した他のブルースマンたちの音楽とこのロバート・ジョンソンのレコードが、やがて大西洋を越えイギリスの若きギタリストたちの手に渡り、巨大なインスピレーションの源泉となる未来を知らない。
悪魔との取引の伝説は、アラン・ローマックスという名の伝道師によって新たな神話となり、ロックンロールという名の巨大な赤ん坊を産み落とす、その最も重要な種子となる運命だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ロバート・ジョンソンが公式に残した録音は、わずか29曲しかありません。
しかしそのすべてが後のロックギタリストたちの「聖典」となりました。
エリック・クラプトンは、彼のことを「史上最も重要なブルースシンガー」と評しています。
さて、貴重な音源を手に旅を続けるローマックス。
しかし彼の戦場は、南部の泥道だけではありませんでした。
次回、「議会図書館の埃の中で」。
彼が集めた「宝物」の価値を、学問の世界に認めさせるための新たな戦いが始まります。
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