ブルースの故郷への帰還 第7話:ミシシッピと、サハラの邂逅
作者のかつをです。
第7話をお届けします。
今回はブルースの歴史における最も感動的な邂逅の一つ、アリ・ファルカ・トゥーレとライ・クーダーの共演を描きました。
音楽がいかにして歴史の傷を癒し、文化の橋渡しをすることができるか。
その壮大な力を、感じていただければ幸いです。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
アリ・ファルカ・トゥーレの音楽は、多くの西洋のミュージシャンに衝撃を与えた。
しかしその中でも特別に、深いレベルで彼の音楽を理解した男がいた。
アメリカのブルース・ギタリスト、ライ・クーダーだ。
彼はブルースだけでなく、ハワイアン、テックス・メックス、沖縄民謡まで、世界中のルーツ・ミュージックを探求し続ける音楽の求道者だった。
彼が初めてアリのギターを聴いた時、彼はすぐにその音の奥にある真実を見抜いた。
「これはブルースの、源流だ」
彼は居ても立ってもいられなくなり、自らアリに手紙を書いた。
「あなたの音楽に深く感銘を受けた。ぜひ一緒に音楽を創りたい」と。
アリは最初、その申し出に戸惑った。
彼は西洋のスターと共演することに、ほとんど興味がなかった。
しかしライ・クーダーの音楽に対する誠実な探求心は、頑固なアリの心を少しずつ開いていった。
そして、1992年。
ついに歴史的なセッションが、実現する。
ミシシッピ・ブルースの正統な継承者である、ライ・クーダー。
そしてその遥かなる故郷、マリの伝統音楽の化身である、アリ・ファルカ・トゥーレ。
二人のギタリストがスタジオで、初めて音を合わせた。
言葉は通じない。
事前に打ち合わせもない。
ただ互いのギターの音だけを、頼りにセッションは始まった。
ライ・クーダーがボトルネック奏法で物悲しい、ミシシッピ・デルタのブルースを奏でる。
するとアリがその旋律に寄り添うように、ニジェール川のゆったりとしたグルーヴを重ねていく。
それはまるで、何百年もの間引き裂かれていた兄弟が再会を果たしたかのような、感動的な瞬間だった。
ミシシッピ川と、ニジェール川。
二つの偉大な川の流れが、一つの大きな音楽の海へと溶け合っていく。
ブルースはもはや、アメリカだけのものではない。
アフリカだけのものでもない。
それは大西洋を挟んだ二つの大陸の、共通の魂の言語なのだ。
このセッションから生まれたアルバム、「トーキング・ティンブクトゥ」はグラミー賞を受賞し、世界中で絶賛された。
それは音楽的な成功だけを、意味するものではなかった。
奴隷貿易という悲しい歴史によって引き裂かれた二つの文化が、音楽を通じて再び尊厳ある形で結びつくことができる。
その美しく力強い、証明だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
このアルバム「トーキング・ティンブクトゥ」はワールドミュージックの金字塔として、今なお多くの人々に聴き継がれています。
まさに一生に一度の、奇跡のセッションでした。
さて、アリ・ファルカ・トゥーレの旅は現代の私たちとどう繋がっているのでしょうか。
次回、「あなたのDNAに眠るリズム(終)」。
第五章、感動の最終話です。
ぜひ最後までお付き合いください。
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