ブルースの故郷への帰還 第6話:フェスティバル・イン・ザ・デザート
作者のかつをです。
第6話をお届けします。
今回はティナリウェンがいかにして世界の音楽シーンに衝撃的なデビューを飾ったか。
その舞台となった伝説の音楽祭「フェスティバル・イン・ザ・デザート」を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
ティナリウェンの音楽は長い間、サハラ砂漠の知られざる秘密だった。
彼らの音楽が録音されたカセットテープは非合法のルートで国境を越え、トゥアレグのコミュニティの中で熱狂的に聴き継がれていた。
しかし、その音質は劣悪だった。
ダビングを繰り返され引き伸ばされたテープの音は、もはやノイズの塊のようだった。
それでも若者たちは、そのノイズの向こう側に自分たちの魂の叫びを聴き取っていた。
2001年。
この砂漠の秘密が、ついに世界の前にその姿を現す日がやってきた。
マリの内戦が一時的に終結したのを機に、ある大胆な試みが行われたのだ。
サハラ砂漠のど真ん中、ティンブクトゥからラクダで二日かかるエッサカネという場所で、国際的な音楽祭を開こうというのだ。
「フェスティバル・イン・ザ・デザート(砂漠の音楽祭)」。
その目的はかつて敵として殺し合っていた様々な民族が、音楽を通じて和解し平和を祝うこと。
そしてこの土地の豊かな文化を、世界に知らしめることだった。
欧米から物好きなジャーナリストや音楽ファンたちが、この常識外れのフェスティバルに集まってきた。
彼らは電気も水道もない砂漠の真ん中でテントを張り、トゥアレグ族と共に夜を過ごした。
そして、月明かりの下、ステージにティナリウェンが登場した。
伝統的な青い民族衣装に身を包み、しかしその手にはフェンダーのエレキギターが握られている。
アンプから歪んだギターのリフが放たれた瞬間。
その場にいたすべての人間が、度肝を抜かれた。
それは彼らがこれまで聴いた、どんな音楽とも似ていなかった。
ブルースであり、ロックであり、しかしそのどちらでもない。
砂漠の静寂と厳しさ。
遊牧民の誇りと哀しみ。
そして抑圧された民の、燃えるような怒り。
そのすべてが、一つの音の塊となって夜空へと突き刺さっていくようだった。
この伝説的な夜のパフォーマンスが、ティナリウェンの運命を決定づけた。
彼らは単なるサハラ砂漠のローカル・バンドではなくなった。
彼らは世界が今最も聴くべき、リアルな音楽を奏でる時代の寵児となったのだ。
アリ・ファルカ・トゥーレが切り拓いた道を、ティナリウェンがさらにその先へと押し広げた。
ブルースはもはや、ミシシッピ・デルタだけのものではない。
その魂は、その故郷であるアフリカのサハラ砂漠で全く新しい世代によって確かに受け継がれ、そして燃え上がっていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
このフェスティバルはその後も、マリの政情不安に脅かされながら断続的に続けられました。
まさに平和への、祈りのような音楽祭なのです。
さて、ティナリウェンの登場は世界に大きな衝撃を与えました。
特にあるアメリカのブルースマンの心を、強く揺さぶることになります。
次回、「ミシシッピと、サハラの邂逅」。
ブルースが、ついにその故郷と再会を果たします。
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