ブルースの故郷への帰還 第2話:グリオの血、貴族の掟
作者のかつをです。
第2話をお届けします。
ブルースがアフリカにルーツを持つというのは今では広く知られていますが、それを当事者であるアフリカの音楽家がいかにして「再発見」したか。
今回はその歴史的な背景と、アリが乗り越えなければならなかった社会的な障壁を描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
アリ・ファルカ・トゥーレが感じたブルースとマリの伝統音楽との、運命的な繋がり。
それは決して偶然ではなかった。
今から数百年も前。
この西アフリカの地から何百万人という人々が、奴隷として鎖に繋がれ船に乗せられ、新大陸アメリカへと強制的に連れてこられた。
彼らはすべてを奪われた。
故郷も家族も、名前さえも。
しかし、たった一つだけ誰にも奪うことができないものが彼らの中には残っていた。
音楽の記憶だ。
彼らがアフリカの故郷で歌っていた労働歌や、儀式の歌。
その独特の音階とリズム。
それがアメリカの地でヨーロッパの音楽と混じり合い、長い長い年月をかけてブルースという全く新しい音楽へと姿を変えていったのだ。
アリがジョン・リー・フッカーの音楽の中に聴いたのは、遠い遠い昔に故郷を追われた祖先たちの、魂のこだまだったのである。
この発見は彼を、強く突き動かした。
「この繋がりを、俺のギターで証明してみせる」
しかし、彼の前には一つの大きな壁が立ちはだかっていた。
それはこの土地の、厳しい社会の掟だった。
西アフリカの伝統社会において、音楽を演奏することは特別な家系の人間だけに許された神聖な仕事だった。
「グリオ」と呼ばれる世襲制の音楽家の一族。
彼らだけが歴史を語り、歌を歌い、楽器を演奏する特権を持っていたのだ。
そして、アリ・ファルカ・トゥーレはグリオの家系ではなかった。
彼は貴族の家系の、生まれだった。
貴族の人間が楽器を手にし、音楽家になること。
それは社会の秩序を乱す、あってはならない恥ずべき行為とされていた。
彼の父親は彼が幼い頃に、こっそりとギターを手にしたのを見つけると激怒し、そのギターを彼の目の前で叩き壊したという。
「二度と楽器に触るな。お前は貴族の子だ」
その言葉は、彼にとって重い呪いとなった。
しかし音楽への渇望は、どんな掟も抑えつけることはできなかった。
彼は隠れて、ギターの練習を続けた。
誰に教わるでもなく。
ただラジオから流れてくる音楽と、村のグリオたちが奏でる伝統音楽をその天才的な耳で吸収していった。
ブルースとの出会いは、そんな彼に大きな勇気を与えた。
自分がやっていることは単なる道楽ではない。
これはアフリカとアメリカ、引き裂かれた二つの魂を音楽で再び一つに結びつける神聖な使命なのだ、と。
彼は決意した。
家族の反対を押し切り、社会の掟を破り、プロの音楽家として生きていくことを。
それは彼の人生における最初の、そして最も大きな「ブルース(憂鬱)」との戦いの始まりだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この「グリオ」の制度は西アフリカの文化において、非常に重要な役割を果たしてきました。
彼らは文字を持たない社会の生きた「歴史書」であり、王の相談役であり、人々の間の争いを調停する重要な存在だったのです。
さて、社会のタブーを破る決意をしたアリ。
しかし彼の音楽が世界に発見されるまでには、まだ長い時間が必要でした。
次回、「パリのスタジオ、魂の録音」。
彼の運命を大きく変える、一つの出会いが訪れます。
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