消えゆく声を記録した男 第3話:刑務所の歌声
作者のかつをです。
第3話、お楽しみいただけましたでしょうか。
今回は、ローマックスの旅における最も劇的なエピソードの一つ、伝説のブルースマン「レッドベリー」との出会いを描きました。
音楽が時に人の運命さえも変えてしまう力を持つことを、感じていただければ幸いです。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
アラン・ローマックスが最も豊かで純粋な音楽の鉱脈を見出した場所。
それは皮肉にも、アメリカで最も不自由な場所だった。
ルイジアナ州立アンゴラ刑務所。
ミシシッピ川の湾曲部に位置するその広大な土地は、「南部のアルカトラズ」と恐れられたアメリカ最大級のプランテーション刑務所だ。
灼熱の太陽が容赦なく照りつける中、縞模様の囚人服を着た男たちがどこまでも続く綿花畑で強制労働に就かされている。
彼らのほとんどが、些細な罪や時には無実の罪で投獄された黒人だった。
その地獄のような過酷な労働の中で、彼らは歌を歌っていた。
リーダー役の男が一声、即興の歌詞を張り上げると、全員が力強いコーラスでそれに続く。
斧を振り下ろすタイミング、土に鍬を打ち込むタイミング。
そのすべてが、歌の重いリズムと完全に一体化していた。
それは娯楽のための歌ではなかった。
生きるための、そして正気を保つための必死の叫びだった。
アフリカの労働歌の記憶が世代を超えて色濃く残る、生きた音楽の化石がそこにはあった。
ローマックスは看守にいくばくかの金を渡し、この「ワークソング」を記録する許可を得た。
機械から自分たちの荒々しい歌声が再生されるのを聴いた囚人たちの顔には、驚きと束の間の喜びが浮かんだ。
そんな彼らの中から、一人の囚人がゆっくりとローマックスの前に進み出た。
「旦那、俺の歌も録ってくれんか」
男はハディ・レッドベターと名乗った。
しかし誰もが彼をこう呼んでいた。
“レッドベリー(鉛の腹)”と。
その名の通り、腹にはかつて酒場の乱闘で撃ち込まれた散弾の鉛が何発も残っているという。
殺人罪で、終身刑。
その鍛え上げられた巨体とすべてを見透かすような鋭い眼光は、他の囚人たちからも恐れられていた。
しかし、彼が古びて傷だらけの12弦ギターを手にし、最初のコードを弾き、そして歌い始めた瞬間、刑務所の重苦しい空気は一変した。
その声は雷鳴のように力強く、井戸の底のように深く、そしてどこまでも物悲しかった。
南部の泥と汗、そして血の匂いがする本物のブルース。
彼の歌には一人の男の波乱に満ちた人生だけでなく、一つの民族が歩んできた苦難の歴史そのものが生々しく刻み込まれているようだった。
ローマックスはヘッドフォンを握りしめ、電流に打たれたような衝撃を受けていた。
これはただの歌じゃない。
これはアメリカという国の、隠された魂の記録だ。
彼は確信した。
この声をこの場所に閉じ込めておいてはならない、と。
録音を終えた後、彼はこの囚人の歌声がいかに文化的価値のあるものであるかを、ルイジアナ州知事に宛てて熱烈な手紙を書き送った。
この一本のレコードがやがて囚人レッドベリーの運命を、そしてアメリカの音楽史を大きく変えることになるなど、まだ誰も知る由はなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ローマックスが録音したレッドベリーの歌は、実際に州知事の耳に入り、それがきっかけで彼は恩赦を受け、釈放されました。
まさに、歌が鉄格子を溶かした瞬間ですね。
さて、歴史的な才能を発掘したローマックス。
しかし彼が探し求めていたもう一人の伝説の男は、すでにもうこの世にはいませんでした。
次回、「悪魔との取引」。
ブルースにまつわる最も有名な伝説と、ローマックスの探求が交差します。
よろしければ、応援の評価をお願いいたします!
ーーーーーーーーーーーーーー
もし、この物語の「もっと深い話」に興味が湧いたら、ぜひnoteに遊びに来てください。IT、音楽、漫画、アニメ…全シリーズの創作秘話や、開発中の歴史散策アプリの話などを綴っています。
▼作者「かつを」の創作の舞台裏
https://note.com/katsuo_story




