ブルースの故郷への帰還 第1話:ニジェール川のブルース
作者のかつをです。
本日より、第五章「マリ・デザートブルースの探求 ~ブルースの故郷への帰還~」の連載を開始します。
アメリカで生まれたはずのブルースが、実はアフリカにその「故郷」を持っていた。
その驚くべき事実を自らの音楽で世界に証明した一人のアフリカ人ギタリストの、壮大な物語です。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
2025年、東京。
ワールドミュージックのセクションがある、レコードショップ。
一人の若者がジャケットのデザインに惹かれて、一枚のCDを手に取る。
そこに写っているのはターバンを巻いたアフリカの男性。
背景にはどこまでも続く、乾いた大地が広がっている。
アーティスト名はアリ・ファルカ・トゥーレ。
ジャンルは、「デザート・ブルース」と書かれている。
彼は試聴機のヘッドフォンを耳に当てた。
スピーカーから流れ出してきたのは、催眠術のように反復するアコースティックギターの旋律と、乾いた大地そのものが歌っているかのような深く威厳に満ちた男の声。
奇妙な感覚だった。
言葉は全く分からない。
しかしその音楽の根底に流れる「フィーリング」は、なぜかよく知っているものに似ていた。
そう、ミシシッピ・デルタで生まれた、あのブルースに。
しかし、このブルースはどこか違う。
より古く、より深く、まるで何千年もの歴史の重みをその音の中に宿しているかのようだ。
この不思議な音楽の正体を知る者は、まだ多くない。
アメリカで生まれたはずのブルースが、その魂の故郷であるアフリカへと長い長い時を経て「帰還」を遂げた、壮大な物語を。
物語の始まりは1980年代、西アフリカのマリ共和国。
サハラ砂漠の南縁に位置する、貧しい内陸国だ。
国の中心を母なる大河、ニジェール川が雄大に流れている。
その川のほとりにあるニアフンケという小さな村。
そこに一人の、風変わりな男が住んでいた。
彼の名は、アリ・ファルカ・トゥーレ。
彼は地元のラジオ局で音響技術者として働く、ごく普通の男だった。
しかしひとたび彼がギターを手に取ると、魔法が起きた。
彼の指先から紡ぎ出される音楽は、この土地に古くから伝わる伝統音楽だった。
何世代にもわたってグリオと呼ばれる世襲制の音楽家たちが、口伝えだけで受け継いできた神聖な響き。
しかしある日、彼はラジオの短波放送から流れてくる遠い国の音楽に耳を奪われる。
アメリカから届いた、ブルースだった。
伝説のブルースマン、ジョン・リー・フッカーのうなるようなギターと、しゃがれた声。
その音楽を聴いた瞬間、アリは雷に打たれたような衝撃を受けた。
「これは……!」
彼は叫んだ。
「これは、俺たちの音楽じゃないか!」
言葉も文化も、海を隔てた全く違う国の音楽。
しかしそのリズム、その音階、そしてその根底に流れる魂のフィーリングは、彼が子供の頃からニジェール川のほとりで聴いて育った故郷の音楽と驚くほどよく似ていたのだ。
その瞬間、彼は歴史の巨大なミッシング・リンクを発見した。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第五章、第一話いかがでしたでしょうか。
アリ・ファルカ・トゥーレがジョン・リー・フッカーを初めて聴いた時の衝撃は、彼自身が何度もインタビューで語っている有名な逸話です。
まさに、運命の出会いでした。
さて、ブルースと自らのルーツとの運命的な繋がりを発見したアリ。
しかし彼がその音楽を奏でるまでには、一つの大きな壁が立ちはだかっていました。
次回、「グリオの血、貴族の掟」。
彼の出自が彼の音楽の道を、固く閉ざしていたのです。
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