カントリーミュージック発見の日 第6話:ビッグバン・セッション
作者のかつをです。
第6話をお届けします。
カントリーミュージックというジャンルを定義づけた、二つの大きな才能。
その対比と、その二つが同じ場所で記録されたことの奇跡。
今回は、ブリストル・セッションの、歴史的な意義に迫りました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
ラルフ・ピアは、ジミー・ロジャースという、予測不能な才能を前に、興奮を隠せなかった。
彼は、当初の予定を変更し、ロジャースと、2曲を録音することを、即決した。
そのうちの一曲が、兵士の悲恋を歌った、センチメンタルなバラッド「The Soldier's Sweetheart」。
そして、もう一曲が、ロジャース自身の、鉄道員時代のブルースを元にした、「Sleep, Baby, Sleep」だった。
マイクの前に立った、ロジャース。
その痩せた身体から、信じられないほど、豊かで、表現力に満ちた歌声が、放たれる。
そして、曲の合間に、あの、奇妙なヨーデルが、挿入された。
「ヨロレイヒー!」
それは、アルプスの陽気な響きとは、全く違う。
まるで、孤独な狼の遠吠えのように、物悲しく、しかし、どこか突き抜けたような、不思議な響きを持っていた。
ピアは、これを「ブルー・ヨーデル」と名付けた。
ブルースの「ブルー」と、ヨーデルの融合。
まさに、新しい音楽ジャンルが、産声を上げた瞬間だった。
わずか12日間の、ブリストルでの録音セッション。
ピアは、この短期間に、合計19組のアーティスト、76曲もの録音を、成し遂げた。
そして、その中には、全く対照的でありながら、どちらもが、後のアメリカ音楽の巨大な柱となる、二つの才能が、含まれていた。
一つは、カーター・ファミリー。
彼らは、アメリカという国の、失われた「過去」の記憶を、歌い継ぐ、伝統の守護者だった。
彼らの音楽は、家族、信仰、そして故郷への愛といった、保守的な価値観の、象徴となった。
そして、もう一つが、ジミー・ロジャース。
彼は、鉄道によって結ばれ、変化し続ける、アメリカの「現在」を、歌う、革新者だった。
彼の音楽は、放浪、孤独、そして自由への渇望といった、近代的な個人の、魂の叫びだった。
伝統と、革新。
過去と、現在。
家族と、個人。
この、二つの全く異なるベクトルが、1927年の夏、ブリストルという、一つの小さな町で、奇跡的に、交差した。
その交差点から、カントリーミュージックという、豊かで、多様な、新しい宇宙が、爆発的に、広がっていくことになる。
後に、多くの音楽史家が、このブリストル・セッションを、こう呼ぶようになった。
「カントリーミュージックのビッグバン」と。
ラルフ・ピアは、ワックス盤に刻まれた、まだ温かい溝を、満足げに眺めていた。
彼は、自分が、今、歴史の、最も重要な瞬間に、立ち会っていることを、はっきりと、自覚していた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
このセッションは、まさに、アメリカ音楽の縮図のようですね。
ヨーロッパからの移民が伝えた古い歌と、アフリカ系アメリカ人から生まれたブルース(ジミー・ロジャース)。
その二つが融合して、カントリーという、全く新しいアメリカの音楽が生まれたのです。
さて、奇跡のセッションは、終わった。
この後、彼らのレコードは、どうなったのでしょうか。
次回、「ナッシュビルへと続く道(終)」。
第四章、感動の最終話です。
ぜひ最後までお付き合いください。
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