カントリーミュージック発見の日 第5話:さすらいのブルー・ヨーデラー
作者のかつをです。
第5話をお届けします。
カーター・ファミリーとは対照的なもう一人の天才、ジミー・ロジャースの登場です。
彼の音楽は伝統の「継承」ではなく、様々な文化を融合させた「発明」でした。
この二つの才能が同じ場所で出会ったことこそが、ブリストル・セッションの奇跡なのです。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
カーター・ファミリーの録音で大きな手応えを掴んだラルフ・ピア。
彼のオーディションにはその後も、様々なスタイルのミュージシャンたちが次々と現れた。
ゴスペル・シンガー、フィドルの名人、コミックソングを歌う一座。
ブリストルはさながら、アパラチア音楽の見本市のような様相を呈していた。
しかしピアの心の中には、まだ何かが足りないという感覚があった。
カーター・ファミリーの音楽は素晴らしい。
それはアメリカの「過去」そのものだ。
しかし彼は、この国の「今」を歌う新しいスターを探していた。
オーディションも終盤に差し掛かった、ある日のこと。
一人の痩せた男がギターケースを手に、スタジオのドアを叩いた。
その男の名は、ジミー・ロジャース。
彼の服装は山の農夫たちとは、明らかに違っていた。
洒落た帽子に、蝶ネクタイ。
都会的で、少し胡散臭い雰囲気を漂わせていた。
彼は鉄道の制動手として、アメリカ中を放浪して生きてきた男だった。
しかしそのキャリアは、彼が患ったある病によって断ち切られてしまう。
結核だ。
もはや肉体労働はできない。
残された道は子供の頃から好きだった、歌で生きていくことだけだった。
彼はブリストルでのオーディションの噂を聞きつけ、なけなしの金をはたいてこの町にやってきたのだ。
彼にとってこれは、最後のチャンスだった。
「それで、君は何を歌うんだね?」
ピアの問いに、ロジャースは自信ありげにこう答えた。
「俺の歌さ。俺の人生の歌だ」
彼の音楽は、カーター・ファミリーの伝統的なバラッドとは全く違っていた。
彼の歌の中には、鉄道員として働いていた時に南部の黒人労働者たちから学んだブルースのフィーリングが、色濃く溶け込んでいた。
そして彼には、誰にも真似できない秘密の武器があった。
「ヨーデル」だ。
地声と裏声を、目まぐるしく行き来させるあの独特の歌唱法。
それを彼は、ブルースの物悲しいメロディと融合させてしまったのだ。
ピアは最初、半信半疑だった。
「ヨーデルだって? それはスイスの山男が歌うものじゃないのか?」
しかしロジャースがマイクの前でギターを弾き、歌い始めた瞬間。
ピアは自らの浅はかさを、思い知ることになる。
それは誰も聴いたことがない、全く新しい音楽だった。
ブルースの哀愁とヨーデルの奇妙な明るさが、奇跡的な形で融合していた。
それはさすらいの男の孤独と、自由への渇望を歌ったあまりにも個人的で、しかしだからこそ誰もが共感できる魂の歌だった。
ピアのプロデューサーとしての直感が、警鐘を鳴らしていた。
目の前にいるこの病弱な男は、化ける。
アメリカ中の孤独な心を持つすべての人々の、代弁者になる、と。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ジミー・ロジャースはその生涯で、13曲の「ブルー・ヨーデル」を録音しました。
それぞれに番号が振られ、「ブルー・ヨーデル No.1」は後に「T for Texas」というタイトルで彼の代表曲となります。
さて、ピアの前に現れた第二の才能。
彼の録音はセッションの様相を、一変させます。
次回、「ビッグバン・セッション」。
カントリーミュージックという新しい宇宙が、誕生する瞬間です。
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