カントリーミュージック発見の日 第3話:カーター一家、山を下りる
作者のかつをです。
第3話、お楽しみいただけましたでしょうか。
のちに「カントリーミュージックの第一家族(The First Family of Country Music)」と呼ばれることになる、カーター・ファミリーの登場です。
彼らが、いかにして、この歴史的なセッションに参加することになったのか、その家族のドラマを描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
バージニア州の、プアー・バレーと呼ばれる、アパラチアの深い谷間。
そこに、カーターと名乗る、小さな家族が暮らしていた。
夫のA.P.(アルヴィン・プリーザント)・カーター。
彼は、歌の収集家であり、夢想家だった。
本業の果樹の苗木売りの傍ら、彼は、山々に埋もれた、古い民謡やバラッドを探し求めて、常に、あてもなく放浪していた。
妻のセーラ。
彼女は、生まれながらの、歌い手だった。
その声は、山の湧き水のように澄み渡り、聴く者の心を、清らかに洗い流す力を持っていた。
オートハープを奏でながら、彼女が歌う古いラブソングは、教会の礼拝で、常に、人々を涙させた。
そして、A.P.の弟の妻、メイベル。
彼女は、まだ10代の、内気な少女だったが、その手には、いつもギターがあった。
彼女のギターの腕前は、すでに、近隣では評判となっていた。
ブリストルでのオーディションの噂は、A.P.の心を、激しく揺さぶった。
これは、チャンスだ。
自分たちが、何世代にもわたって守り継いできた、この美しい歌の数々を、レコードという形で、後世に残すことができる。
そして、うまくいけば、この貧しい暮らしから、抜け出せるかもしれない。
しかし、セーラは、猛反対した。
「あなた、正気ですか」
彼女は、信心深く、そして、控えめな女性だった。
「私たちの歌は、神様に捧げるもの、家族のためのものです。それを、見世物にして、お金儲けにしようなんて、罰が当たります」
A.P.は、粘り強く、彼女を説得した。
「これは、金儲けのためだけじゃない。このままでは、この歌は、俺たちの代で、消えてしまうんだ。それを、未来に残すための、たった一つの機会なんだよ」
数日間にわたる、夫婦の議論。
最終的に、セーラの心を動かしたのは、まだ幼い、自分たちの子供たちの顔だったのかもしれない。
1927年8月1日。
その日の未明、カーター一家は、A.P.の兄が運転する、古びたフォード車に乗り込んだ。
セーラは、オートハープを。
そして、妊娠8ヶ月の大きなお腹を抱えたメイベルは、ギターを。
ブリストルまでの道は、険しかった。
タイヤは、何度もパンクし、そのたびに、男たちは、汗だくで修理をしなければならなかった。
揺れる車の中で、彼女たちの心もまた、期待と不安で、大きく揺れていた。
長い、長い道のりの末、ようやく、ブリストルの町にたどり着いた時、日は、すでに高く昇っていた。
帽子工場の二階へと続く、軋む階段を、彼らは、静かに上がっていく。
ドアを開けると、そこには、葉巻をくゆらせた、都会風の男が、座っていた。
ラルフ・ピアだった。
ピアは、貧しい身なりをした、この山の一家の、その佇まいの中に、何か、特別なものがあることを、直感的に、感じ取っていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
A.P.カーターは、生涯にわたって、数百曲もの古い民謡を採集したと言われています。
彼は、演奏家というよりは、アラン・ローマックスのような、偉大な音楽の「収集家」だったのです。
さて、いよいよ、歴史的な録音が、始まります。
特に、まだ無名だったメイベル・カーターのギターが、世界を驚かせることになります。
次回、「母なるメイベルの奏法」。
すべてのカントリーギターの、母なる奏法が、ここで生まれます。
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