カントリーミュージック発見の日 第2話:街角のオーディション広告
作者のかつをです。
第2話をお届けします。
今回は、ピアがいかにして、山に隠れた才能たちを、町へと呼び寄せたか、その独創的な手法を描きました。
一枚の新聞広告が、人々の心を動かし、歴史の歯車を回し始める、その瞬間です。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
1927年7月、ラルフ・ピアの一団が、ブリストルの町に到着した。
彼が借り上げたのは、町のメインストリートにある、帽子工場の二階。
そこが、彼の「移動式レコーディング・スタジオ」となった。
窓には、防音のために、分厚い毛布が取り付けられた。
部屋の中央には、最新鋭の電気式録音機材が、鎮座している。
マイク一本、アンプ、そしてレコードの原盤となるワックス盤を切り出す、カッティング・レース(旋盤)。
ニューヨークのスタジオを、そのまま持ってきたような、本格的な設備だった。
しかし、問題があった。
最高の機材は、揃っている。
しかし、肝心の、歌い手が、一人もいない。
ピアは、山の中に分け入って、才能を探し歩くつもりはなかった。
それでは、時間がかかりすぎる。
彼は、もっと効率的な方法を考えた。
山の方から、自分を訪ねてこさせればいい。
彼は、地元の新聞社『ブリストル・ニュース・ブレティン』に、小さな、しかし、歴史を動かすことになる広告を掲載した。
「ビクター社、ブリストルにて、新タレントのオーディションを開催。
蓄音機レコードを作る機会が、ここにあります。
我々は、来る月曜日より10日間、才能ある歌い手と演奏家を、探しています」
この記事は、馬に乗った郵便配達人によって、あるいは、町に買い出しに来た農夫たちの噂話によって、アパラチアの険しい山々の、谷から谷へと、ゆっくりと、しかし確実に、広がっていった。
その知らせは、山で暮らす人々の間に、大きな波紋を広げた。
「レコードだと?」
「あの、ビクターの犬のマークのか?」
「都会の人間が、わしらの歌を、何にするだ?」
反応は、期待と、そして、深い懐疑に満ちていた。
彼らにとって、歌は、売り物ではなかった。
それは、家族の団らんの場で、あるいは、教会の礼拝で、何世代にもわたって、受け継がれてきた、神聖な宝物だった。
それを、見ず知らずの都会の人間に、金のために披露することへの、強い抵抗感があった。
しかし、同時に、抗いがたい魅力も、そこにはあった。
自分たちの歌声が、レコードという、魔法の円盤に刻まれ、永遠に残るかもしれない。
そして、うまくいけば、いくばくかの現金が、手に入るかもしれない。
大恐慌の足音が聞こえ始めていた時代、それは、無視できない誘惑だった。
ブリストルの、帽子工場の二階。
その窓の外を、ピアは、葉巻をくゆらせながら、静かに見つめていた。
「来るか、来ないか。すべては、この賭け次第だ」
やがて、町の道に、一台、また一台と、古びたフォードT型や、馬車が、現れ始めた。
皆、ぎこちない、よそ行きの服を着て、ギターやフィドル、バンジョーのケースを、大切そうに抱えている。
山が、動き始めたのだ。
ピアは、静かに、笑みを浮かべた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この時、ピアが持ち込んだ電気式録音は、それまでのラッパに向かって叫ぶような音響式録音とは比べ物にならないほど、繊細な音を捉えることができました。
この技術革新もまた、このセッションが成功した、大きな要因の一つでした。
さて、オーディションの噂を聞きつけ、ある一家が、山を下りる決意をします。
次回、「カーター一家、山を下りる」。
のちに「カントリーの第一家族」と呼ばれる、伝説のファミリーが登場します。
ブックマークや評価、お待ちしております!
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