教会にブルースを持ち込んだ男 第6話:シカゴの聖歌隊
作者のかつをです。
第6話をお届けします。
一人の天才のアイデアがコミュニティを巻き込み、そして一人のスターの登場によって巨大なムーブメントへと発展していく。
今回はそんなゴスペル黄金時代の幕開けを描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
トーマス・ドーシーとサリー・マーティンが蒔いた種は、シカゴの地で見事な花を咲かせた。
1933年、ドーシーはシカゴのピルグリム・バプテスト教会で、全米で最初のゴスペル聖歌隊を組織した。
それは革命的な出来事だった。
それまでの聖歌隊はヨーロッパのクラシック音楽の伝統に則り、譜面通りに抑制の効いた歌い方をすることが求められていた。
しかし、ドーシーの聖歌隊は違った。
彼らは体を揺らし、手拍子を打ち、即興でフェイクやシャウトを織り交ぜながら歓喜の感情を爆発させた。
礼拝は静かな祈りの場から、熱狂的な祝福の場へと姿を変えた。
この新しいスタイルの礼拝は、保守的な信者からは眉をひそめられた。
しかし大衆の心は、熱狂的にそれを受け入れた。
特に人種差別と貧困に喘ぐ厳しい日常を生きる人々にとって、その音楽は魂の解放であり、一週間の苦しみを乗り越えるための力強いエネルギーとなったのだ。
シカゴはゴスペル・ミュージックの聖地となった。
そしてこの聖地から、一人の偉大な星が生まれようとしていた。
彼女の名は、マヘリア・ジャクソン。
ニューオーリンズの貧しい家庭に生まれ、ブルースの女帝ベッシー・スミスの歌声を聴いて育った少女。
彼女はブルースの力強さと深い信仰心を、その身一つに宿した奇跡の歌い手だった。
彼女がドーシーの曲を歌うと、魔法が起きた。
ドーシーの書いたメロディと歌詞が、彼女という神に祝福された楽器を通して何倍もの輝きを放ち始める。
彼女の歌声は教会の壁を越え、レコードとなり、ラジオの電波に乗って全米へと、そして世界へと広がっていった。
ゴスペルはもはや、シカゴのローカルな音楽ではなかった。
マヘリア・ジャクソンという絶対的なスターの登場によって、それはアメリカを代表する音楽ジャンルの一つとしてその地位を確立したのだ。
トーマス・ドーシーは彼女の歌声の中に、自らが絶望の淵で夢見た音楽の理想の姿が、完璧な形で実現されているのを聴いていた。
悪魔の音楽と、神の音楽。
その二つはマヘリア・ジャクソンの歌声の中で、完全にそして美しく一つに溶け合っていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
マヘリア・ジャクソンは後に「ゴスペルの女王」と呼ばれ、公民権運動においてもその歌声で大きな役割を果たすことになります。
マーティン・ルーサー・キング牧師の有名な演説「I Have a Dream」の直前、壇上で歌っていたのが彼女でした。
さて、ゴスペルは教会音楽として一つの頂点を極めました。
しかしその影響は、教会の壁の中にとどまりませんでした。
次回、「ソウルミュージックの源」。
ゴスペルが若者たちの手によって、新たな世俗の音楽へと生まれ変わっていきます。
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