教会にブルースを持ち込んだ男 第5話:聖なるリフレイン
作者のかつをです。
第5話をお届けします。
教会から拒絶されたドーシーが、いかにして自らの手でムーブメントを作り出していったか。
彼の不屈の精神と、パートナーであったサリー・マーティンの知られざる功績に光を当てました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
教会がダメなら、ストリートへ。
トーマス・ドーシーは発想を転換した。
彼はシカゴの街角に立ち、自らが書いたゴスペル・ソングを道行く人々に自ら歌って聴かせ始めた。
最初は誰も足を止めなかった。
しかし彼の魂のこもった歌声は、少しずつ人々の心を捉え始めた。
特に南部の田舎からシカゴに出てきたばかりの、貧しい黒人労働者たち。
彼らはドーシーの音楽の中に、故郷の教会の熱い祈りの記憶を聴き取っていた。
手応えを感じたドーシーは、次なる一手を打つ。
彼は一人の、天才的な女性シンガーとコンビを組んだのだ。
その名はサリー・マーティン。
彼女は卓越した歌唱力だけでなく、驚くべきビジネスの才能を併せ持っていた。
二人はシカゴに、自分たちの音楽出版社を設立した。
全米で最初の、黒人が経営するゴスペル専門の音楽出版社だった。
そして彼らは、画期的な方法で自分たちの音楽を全米へと広めていく。
彼らは自らゴスペルを歌えるシンガーたちを育成し、聖歌隊を組織した。
そしてその聖歌隊と共にオンボロの車に乗り込み、全米中の黒人教会をドサ回りして歩いたのだ。
最初は門前払いされた教会も多かった。
しかし彼らは諦めずに、教会の外で歌い続けた。
サリー・マーティンの圧倒的な歌声と、聖歌隊の熱狂的なパフォーマンス。
その力は頑なだった牧師や信者たちの心を、少しずつ溶かしていった。
礼拝の後、彼らは自分たちで印刷した楽譜を一枚10セントで販売した。
サリー・マーティンの巧みなセールストークも相まって、楽譜は飛ぶように売れていった。
彼らが去った後、その教会ではドーシーが書いた新しいゴスペルが、信者たち自身によって歌われるようになる。
まるで種を蒔くように。
彼らは自分たちの足で、全米の黒人教会にゴスペルという新しい音楽の種を蒔いていったのだ。
ドーシーの音楽はもはや、彼一人のものではなかった。
それはシカゴから南部の田舎町まで、無数の人々の声によって歌われる「みんなの歌」へと成長し始めていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
サリー・マーティンは後に「ゴスペルの母」と呼ばれるほど、ゴスペルの普及に大きな貢献をしました。
ドーシーの芸術的な才能と彼女のビジネス手腕。
その二つが揃ったからこそ、ゴスペルは全米に広がることができたのです。
さて、彼らが蒔いた種は、やがて大きな花を咲かせることになります。
次回、「シカゴの聖歌隊」。
ゴスペルは一人の天才シンガーの登場によって、新たな黄金時代を迎えます。
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