教会にブルースを持ち込んだ男 第4話:教会からの追放
作者のかつをです。
第4話をお届けします。
新しいものが生まれる時、そこには、必ず、古い権威からの抵抗があります。
今回は、ドーシーが直面した、教会という、巨大な伝統との戦いを描きました。
彼の孤独と、それでも屈しない意志の強さを、感じていただければ幸いです。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
トーマス・ドーシーは、新たな使命感に燃えていた。
自分が書いた、新しいスタイルの賛美歌――ゴスペル・ソングを、シカゴ中の教会に、広めようとしたのだ。
彼は、自ら楽譜を印刷し、一軒、また一軒と、教会の扉を叩いて回った。
しかし、彼を待っていたのは、賞賛ではなく、冷たい拒絶だった。
「ドーシーさん、これは、何ですかな?」
教会の牧師や、聖歌隊の指揮者たちは、楽譜を一瞥するなり、眉をひそめた。
「こんな、ブルースのような、安っぽいリズム。神聖な礼拝で、歌えるわけがないでしょう」
彼らにとって、ドーシーの音楽は、神への冒涜、そのものだった。
伝統的な賛美歌の、厳かで、抑制されたハーモニーとは、あまりにもかけ離れていた。
ドーシーの曲には、ブルース特有の、シンコペーション(リズムをずらすこと)や、ブルーノート(微妙に音程を下げた音)が、ふんだんに使われていた。
それは、体を揺らし、手拍子を打ちたくなるような、躍動するリズム。
教会音楽が、最も嫌う、世俗的な「肉体のリズム」だったのだ。
さらに、彼らにとって、ドーシー自身が、問題だった。
「あなたは、あの“ジョージア・トム”でしょう?」
「あなたの書いた、あの下品なブルースを、私たちは知っていますよ」
「悪魔に魂を売った男が書いた賛美歌など、信用できるものか」
彼の過去が、彼の新しい音楽の前に、大きな壁となって、立ちはだかった。
多くの教会が、彼の楽譜を受け取ることすら、拒んだ。
ある教会では、彼は、文字通り、玄関から追い出された。
「教会からの追放」
それは、牧師の息子として育った彼にとって、何よりも辛い仕打ちだった。
彼は、孤独だった。
ブルースの世界からは、足を洗った。
そして、神の世界からは、異端者として、追放されようとしている。
彼の音楽は、どこにも、居場所がなかった。
心が、折れそうになる。
自分は、間違っているのだろうか。
この音楽は、やはり、神に受け入れられない、罪深いものなのだろうか。
しかし、彼は、諦めなかった。
絶望の淵で、この音楽に救われたのは、他の誰でもない、自分自身なのだから。
もし、教会が、この歌を歌ってくれないのなら。
「自分で、歌う場所を作るまでだ」
彼の、反逆が始まろうとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
当時の黒人教会は、地位や教養を重んじる中産階級の社交場という側面もありました。そのため、南部の労働者階級の音楽であるブルースを、野蛮なものとして、ことさらに軽蔑する風潮があったのです。
さて、教会から締め出されたドーシー。
彼は、いかにして、自らの音楽を、民衆の元へと届けていったのか。
次回、「聖なるリフレイン」。
ゴスペルという音楽を、世に広めるための、画期的なアイデアが生まれます。
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