ブラックミュージック は“ビジネス”になるか? 第6話:すべての始まりの一枚(終)
作者のかつをです。
第二章の最終話です。
一人の開拓者の功績が、現代の私たちと、どう繋がっているのか。
この物語全体のテーマに立ち返りながら、彼の物語を締めくくりました。
読者の皆様の心に、何か少しでも、残るものがあれば幸いです。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
ペリー・ブラッドフォードの執念と、マミー・スミスの歌声。
その二つが生み出した「クレイジー・ブルース」という奇跡は、パンドラの箱を開けた。
オーケー・レコードの成功を目の当たりにした、他のレコード会社は、雪崩を打ったように、後に続いた。
パラマウント、コロムビア、ビクター。
彼らは、こぞって、黒人アーティストを探し始めた。
そして、「レース・レコード(人種別レコード)」という、新しい専門ジャンルを設立したのだ。
この奔流の中から、やがて、本物の巨人が、次々と姿を現すことになる。
ブルースの女帝、ベッシー・スミス。
ジャズという芸術を創造した、ルイ・アームストロング。
彼らの、歴史的な名演の数々が、レコード盤に刻まれ、後世に残されることになった。
もし、あの最初の一枚がなければ、その多くは、ライブハウスの喧騒の中に、永遠に消え去っていたかもしれない。
ペリー・ブラッドフォードは、その後も、音楽業界で活動を続けた。
しかし、彼が、再び「クレイジー・ブルース」ほどの成功を手にすることはなかった。
歴史は、彼を、最初の扉をこじ開けた、重要な開拓者としてよりも、マミー・スミスというスターの影にいる、一人の仕掛け人として、記憶することになる。
それで、よかったのかもしれない。
彼は、何よりも、結果を望んでいたのだから。
……現代。
音楽チャートの上位を、黒人アーティストのヒップホップやR&Bが、当たり前のように、独占している。
肌の色で、音楽が聴かれなくなる時代など、もはや、誰も想像できない。
その、あまりにも当たり前の日常。
その、巨大な川の流れの、その遥かな、遥かな水源。
そこに、たった一滴の、しかし決定的な滴を落とした男がいたことを、思い出してほしい。
「黒人の音楽は、売れない」
その、凝り固まった世界の常識に、たった一人で「ノー」を突きつけ、自らの執念だけで、歴史の扉をねじ開けた、一人の開拓者がいたことを。
すべての物語は、あの、一枚のレコードから始まったのだ。
(第二章:レース・レコード創世記 ~黒人音楽は“ビジネス”になるか?~ 了)
第二章「レース・レコード創世記」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!
「レース・レコード」という言葉自体は、人種差別的な響きを持っていますが、結果として、それまで記録されることのなかった、豊かな黒人音楽文化を、後世に残すという、非常に重要な役割を果たしました。
歴史の皮肉ですね。
さて、ブルースが、初めて「商品」となりました。
次なる物語は、教会の神聖な祈りの歌が、ブルースと出会い、全く新しい、魂を揺さぶる音楽へと変貌を遂げる物語です。
次回から、新章が始まります。
第三章:ゴスペル創世記 ~教会にブルースを持ち込んだ男~
「悪魔の音楽」と「神の音楽」。
その禁断の融合を成し遂げた、一人の男の、信仰と葛藤のドラマが始まります。
引き続き、この壮大な音楽創世記の旅にお付き合いいただけると嬉しいです。
ブックマークや評価で応援していただけると、第三章の執筆も頑張れます!
それでは、また新たな物語でお会いしましょう。
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