ブラックミュージック は“ビジネス”になるか? 第4話:魂の値段
作者のかつをです。
第4話、歴史が動く瞬間です。
人種的な偏見が渦巻くスタジオで、マミー・スミスがいかにしてそのプレッシャーを跳ねのけ、歴史的な歌声を残したか。
そのクライマックスを描きました。
※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。
1920年8月10日。
ニューヨークのオーケー・レコードのスタジオは、異様な緊張感に包まれていた。
スタジオに入ってきたのは、華やかなドレスに身を包んだマミー・スミスと、ペリー・ブラッドフォードが率いる黒人ミュージシャンたちの一団「ジャズ・ハウンズ」。
彼らを迎えたのは、白人のスタジオ・エンジニアたちの冷たく、好奇の目に満ちた視線だった。
まるで実験用の動物でも観察するかのように。
誰もがこの試みは失敗すると信じていた。
黒人にレコード録音という精密な作業ができるはずがない、と。
巨大なラッパのような集音マイクの前に、マミー・スミスが立つ。
彼女もまた極度の緊張で、喉がカラカラに乾いていた。
ブラッドフォードが彼女の肩を力強く叩いた。
「マミー、ハーレムの、俺たちの誇りのために歌うんだ」
録音技師が合図を送る。
ブラッドフォードのピアノが、イントロを奏で始めた。
曲は、「クレイジー・ブルース」。
ハガーとの約束を破り、ブラッドフォードが土壇場でねじ込んだ本物のブルースだった。
マミーは一度、深く息を吸い込んだ。
そしてその口から放たれた第一声は、スタジオの空気を一瞬で震わせた。
それはもはや、キャバレーの女王の声ではなかった。
絶望と怒り、そして決して失われることのない人間の尊厳を込めた、魂の叫びだった。
彼女の歌声は集音マイクを通り、隣の部屋で回転するワックスの原盤にその溝を刻み込んでいく。
演奏が終わった瞬間、スタジオは一瞬静寂に包まれた。
冷ややかに見ていた白人のエンジニアたちも、言葉を失って立ち尽くしている。
彼らはただの音楽を聴いたのではなかった。
彼らは生まれて初めて、別の人種の魂の形に触れたのだ。
ペリー・ブラッドフォードは静かに、拳を握りしめていた。
勝った。
この声は歴史を変える。
彼にはその確信があった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
この録音は当時としては画期的に、バックバンドもすべて黒人ミュージシャンで固められました。
これもブラッドフォードの強いこだわりの結果でした。
まさに、本物のサウンドを目指したのです。
さて、歴史的な録音は無事に終わった。
しかし本当の戦いは、このレコードが市場に受け入れられるかどうかでした。
次回、「搾取か、機会か」。
驚異的な大ヒットが、新たな光とそして影を生み出します。
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