表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
音楽創世記~音の開拓者たち~  作者: かつを
第1部:魂の源流編 ~ブルース、カントリー、そしてゴスペル~
1/12

フィールド・レコーディング創世記 第1話:ミシシッピの泥道

はじめまして、作者のかつをです。

 

この度は、数ある作品の中から『音楽創世記~音の拓者たちの足跡~』の最初のページを開いてくださり、誠にありがとうございます。

 

この物語は、私たちが当たり前に聴いている音楽のルーツが、まだ影も形もなかった時代に、その礎を築いた「知られざる開拓者たち」の物語です。

 

記念すべき最初の章は、アメリカ南部の魂の音楽を、消滅の危機から救い出した音楽学者、アラン・ローマックスに光を当てます。

 

音楽の知識は一切不要です。

ただ、歴史の裏側で繰り広げられた人間ドラマとして、楽しんでいただけたら幸いです。

 

※この物語は史実を基にしたフィクションです。登場する人物、団体、事件などの描写は、物語を構成するための創作であり、事実と異なる場合があります。

 

それでは、壮大な音楽創世記の旅へ、ようこそ。

2025年、東京。

 

コンクリートとガラスに囲まれたカフェの、計算され尽くしたスピーカーから、ざらついた音質の古いブルースが流れている。

ギターの弦を擦るノイズ、そして、まるで魂そのものが摩擦を起こしているかのような、しゃがれた男の声。

その音楽は、清潔で無機質な都会の喧騒の中で、時間を超えた異物のように、不思議な存在感を放っていた。

 

テーブル席の一人で、若者がスマートフォンの音楽認識アプリを起動する。

画面に表示されたのは、伝説的なブルースマンの名前と、「1936年録音」という無機質なテキストデータ。

彼はその曲を自分のプレイリストに加え、また日常へと戻っていく。

 

しかし、その一行の下に隠された、途方もない旅路を知る者は、決して多くはない。

なぜ、90年近くも前の、名もなき男の声が、今この極東の都市で聴けるのか。

その音を、歴史からの完全な消滅の瀬戸際で記録した、一人の開拓者の物語を。

 

 

物語の始まりは、大恐慌の爪痕がまだ生々しい1930年代のアメリカ南部、ミシシッピ・デルタ地帯。

 

うだるような夏の熱気が地面から立ち上り、視界の果てまで続く綿花畑の緑を陽炎のように揺らしている。

そこには、文明の象徴である舗装された道はなく、雨が降ればたちまちぬかるむ赤土の泥道だけが、蛇のようにうねりながら続いていた。

 

一台のオンボロのセダンが、泥にタイヤを取られ、エンジンを苦しげに唸らせながら、ゆっくりと進んでいく。

ハンドルを握っているのは、まだ20代の若者、アラン・ローマックス。

ハーバード大学で学んだ彼のインテリ風の眼鏡の奥で、その目は学者というより、失われた文明の遺跡を探す冒険家のように、好奇心と使命感で輝いていた。

 

彼がやろうとしていることは、友人たちから見れば酔狂であり、学者仲間から見れば狂気の沙汰だった。

 

ラジオからは、グレン・ミラーやベニー・グッドマンといった、洗練された白人たちのスウィング・ジャズやポップスが流れる時代。

彼は、その対極にある音楽を探していた。

アフリカから奴隷として連れてこられた人々の末裔が、労働の合間に、あるいは粗末なジューク・ジョイント(酒場)で、親から子へと歌い継いできた魂の歌。

ブルース、ワークソング、ゴスペル。

 

それらの音楽は、高尚な芸術とは見なされず、楽譜にも、ましてやレコードにも、ほとんど残されていなかった。

歌い手が年老いて死ねば、その歌もまた、歴史の闇へと永遠に失われる運命にあった。

 

「記録しなければ、すべてが消えてしまう」

 

その焦燥感だけが、彼をこの過酷な旅へと突き動かしていた。

彼の旅は、歴史からの救出作戦だった。

武器は、一台の気まぐれな車と、後部座席とトランクに満載された、巨大で繊細な録音機材だけ。

 

目的地は、地図には載っていない。

道端の農夫から聞き出した、「川向こうのプランテーションに、ギター弾きの老人がいる」といった、曖昧な情報だけが頼りだ。

ただ、どこからか聞こえてくる、本物の歌声だけが、彼を導く唯一のコンパスだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

第1部 第1章 第1話、いかがでしたでしょうか。

 

アラン・ローマックスは、父親のジョン・ローマックスと共に、アメリカ議会図書館のプロジェクトとして、このフィールド・レコーディングの旅を始めました。

まさに、国家事業だったのです。

 

さて、泥道を進むローマックス。

彼が頼りにする「巨大な録音機」とは、一体どんな代物だったのか。

 

次回、「巨大な録音機」。

現代では考えられない、当時の過酷な録音技術との戦いが始まります。

 

「面白い!」「続きが気になる!」と思っていただけましたら、ぜひページ下のブックマークや、☆☆☆☆☆での評価をいただけると、執筆の大きな力になります。

 

それでは、また次の更新でお会いしましょう。

ーーーーーーーーーーーーーー

この物語の公式サイトを立ち上げました。


公式サイトでは、各話の更新と同時に、少しだけ大きな文字サイズで物語を掲載しています。

「なろうの文字は少し小さいな」と感じる方は、こちらが読みやすいかもしれません。


▼公式サイトはこちら

https://www.yasashiisekai.net/

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ