DAY 4 ご褒美マッサージからの伊江里クロワさんが笑顔だった日
「じゃあ腕を伸ばしてみよっかー。真上に向かってぐいーっと! そうそう、ほら、私たちが転ばないように支えてあげるから、思いっきりやっちゃってー」
「いだだだだだ! 無理、無理! 俺はゴム製じゃないんで……!」
金曜日、やっと高校の一週間が終わった、明日からは好きなだけ肉料理を作れる肉天国だ、と思ったら、なぜかクラスの三大美女が俺の家に来訪。
え、これなんていうラブコメなの? と思ったら、ダイエットがどうのと言われ百キロマラソンに駆り出された。
実際には一キロ走った、いや歩いただけなのだが、普段運動なんてしない俺からしたら天文学的数字である。
瀕死で家に帰り、シャワーを浴びたら、スポーツ女子藤浪桃世さんが元気に「ご褒美タイムー」とか言って俺を上下に伸ばし始めた。
こ、これのどこがご褒美なの……!
肉、みんなで肉を食べませんか、そのほうがご褒美感があると思うんですよ……!
「こら暴れるな! ちゃんと筋肉ケアしないとだめなんだぞ!」
俺をどこまでも伸びるオモチャだと思っているのか、女性三人がぐいぐい俺の手を引っ張る。
伊江里さんが背後からがっつり身体を密着させ、俺が逃げないように羽交い絞め。
う……あ、あの……なんか柔らかいものが二つ背中に当たるんですけど!
「美山君のお腹、やわらかーい。……でも来月には無くなっているのかもしれないよね、このお肉」
和風美人の西崎さんが、俺のワガママなお腹の肉をフヨフヨと触ってくる。
え? 俺が長年連れ添った相棒が来月には無くなっている……? いやいや、まさか、そんな簡単にはいかないでしょう。
だって俺、これからも肉を食いますし。
「はーい、ご褒美タイムのマッサージ&ストレッチ終了ー! じゃあご飯にしよっかー」
「……うぅ……もう伸びません……」
腕を引っ張られたり、うつ伏せの状態の俺の上に女性陣が乗っかって来たり、携帯端末の動画を見ながら謎のダンスをさせられたり……なんなんだ……。
やっと、やっと終わったのか……!
女性に身体を触られまくるとかいう、ちょっとしたハーレム気分を味わったが、激しい運動と筋肉の痛みという対価を支払う羽目になった。
はぁはぁ、よし、じゃあみんな帰ってね、俺は夕飯で肉たちの祝福を受けますので。
「ったくよぉ、さっきも見たけどマジで野菜ねぇな、この冷蔵庫。買ってこねぇと」
「このマンションの横にスーパーあったよね! 公園の手前に大型商業施設もあったし、買い物が楽だなぁ、ここ」
「学校も近いし、買い物も便利。結構いいかも……」
ちょ、勝手に冷蔵庫開けて俺の肉たちをチェックしないで。
え、買い物?
材料の肉ならたんまりあるので、買うもの無いですけど。
「あれー? 進太ちゃん、彼女出来たのぉ? お泊りパーティーとか? あららぁしかも三人も、うふふ」
マンションの横にはそこそこの大きさのスーパーがあり、食材はほぼここから買っている。
近いし、子供のころから何度も来ているので、レジのマダムとは顔見知り。
そのマダムが美女三人連れの俺に目を見開き驚き、最後はニヤァと笑いポケットの携帯端末を操作し始めた。
え、ちょ、今何をしたの。
彼女? そういえば、女性と買い物なんて初めてかもしれない。
しかもクラスの三大美女と一緒とか、ちょっとテンション上がる。
でも買い物かごを見ると、野菜野菜野菜果物ヨーグルト……状況としては嬉しいけど、買う物が嬉しくない。
「デザートもいい? 寒天ゼリー! 私オレンジー! みんなは?」
「いきなりデザートかよ。まぁ初日ぐらいはいいか。私マスカットな」
「うーん、こういうの悩むのよねぇ。違う味選んでシェアするか、好きな味の一点特化か……桃にしましょう」
女性陣がデザートコーナーで騒いでいるが、寒天ゼリーって、何?
俺のマシュマロセンサーには、一切反応しない食い物なんだけど。
藤浪桃世さんがオレンジ、伊江里クロワさんがマスカット、西崎華さんが桃、俺はどれでもいいが……オレンジにするか。
つかゼリーなんて飲み物だろ?
肉で挟めばまぁ、なんとか食えそうだけど。
「はーい、出来たよー! ももよーん特製温野菜スペシャルー!」
買い物後、俺の家のキッチンで調理開始。
女性三人が楽しそうに野菜を切ったりしている姿は、まるでドラマのワンシーンみたいだ。
昨日までは画面の向こうの世界、と思っていたことが今日いきなりいっぱい起きて、俺の頭の処理が追いつかない。
こういうときは落ち着いて肉を食うべき……と思ったのだが、俺が冷蔵庫を開けようとすると、伊江里さんがすっごい睨んでくる……。
え、あの、ご飯ってお肉ですよね?
マラソンとかで体力削られたので、人類の命の源である肉を焼こうと思ったのだが……。
みんな肉嫌いなの? 嘘だろ?
牛、豚、鳥、どれでも冷蔵庫に常備してあるので、それを使って焼肉とか……。
だが俺の前に並べられた物は、油滴る香ばしい肉ではなく、しなっとした野菜たち……あの、作ってもらっておいてあれですが、こういうのは肉に飽きた時に箸休めで食うものでは?
「ったくよぉ、こいつ、隙あらば肉焼こうとしやがって。最初にダイエットだって説明しただろうが」
「ごめんね、美山君、一か月は諦めてね。私たちも頑張るから」
「この温野菜にー、私特製のヨーグルトソースをかけるの! これがもう美味しくて、モリモリいけちゃうんだー」
肉、無し……暖められた野菜にヨーグルトソース……?
あれ、そういえば親友の波多野悠一、あいつがお弁当にヨーグルトがどうのと言っていたぞ。
これか……
「……い、いただきます…………ん、あれ? これ美味い! 酸味とかニンニクが効いていて、確かに野菜なのにモリモリ食べられる……!」
箸で野菜を突くが、しなっとした反応しか帰ってこない。
ここで肉たちなら、じゅわっと油が出てきて、食欲を誘う香りが鼻孔を支配してくる。
やはり野菜は反応が鈍い、リアクションがつまらない、と思いながら渋々口に入れるが……あれ、美味いぞ、これ。
藤浪さんが言っていた、ヨーグルトソース、これがマジで美味い。
これだけペットボトルで常備して飲みたいレベル。
「…………」
「あれれー? クロワがなんか嬉しそうだよー? 男子の前で笑顔になるとか、めっずらしー! あはははは!」
「頑張って作った料理を褒めてもらえる、これは誰でも嬉しいのでは? あと今日一日一緒にいて思ったけど、美山君ってとても家庭的。家を綺麗に保っていたり、洗濯もしっかりやっていたり、水回りも綺麗、ごみの分別もバッチリ。普段から料理もしているみたいだし……私的に、ポイント高い」
まぁ親が厳しかったってのもあるが、掃除とか洗濯とか、子供のころから普通に手伝っていたし、料理も肉たちの為に覚えたしな。
え? 伊江里さんが笑顔?
そういえば、小学校のときはよく笑う子だったのに、中学からは眉間にしわ寄せた怒り顔しか見たことがないな。
高校に入ってからも、イケメンたちに囲まれていても、一人ムスっとしている感じだった。
「飯が美味かったら笑顔にもなるだろうが! 桃世は寒天ゼリー没収な」
「えええええええ! これが楽しみなのにー!」
「ちょっと、ご飯は静かに食べましょう。あと、みんな普通にくつろぎすぎ。ここが美山君の家だって忘れてない?」
……そういえばこういうの、懐かしいな。
家族は東京に引っ越し、春から俺一人でこのマンションに残り暮らし始めて、誰かと夕飯を囲むとか、久しく忘れていた感覚。
……なんか、楽しいな。
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影木とふ




